第18回 青山俳句工場向上句会選句結果

(長文注意!)

一句題詠も定着し、つっこみ句会も定着すると同時にちょいと停滞か。。。
場を維持するって、やっぱりけっこうたいへんですね。
淡々と継続するだけでなく、やっぱりその都度何かしら新しいところがないと、すぐに飽きてくる。。。(--;)
毎回支えてくださっているみなさん、心より感謝します。
1999年も残りわずかです。
インフルエンザに気を付けて、よいお年をお迎えください。
来年も投句してね!

向上句会とりまとめ:山口あずさ


投句:宮崎斗士、千野 帽子、中村安伸、白井健介、後藤一之、満月、凌、いしず、田島健一、しんく、にゃんまげ、またたぶ、越智、岡村知昭、鯨酔、山本一郎、小島けいじ、松山けん太、城名景琳、杉山薫、足立隆、朝比古、鉄火、志摩輝、室田洋子、夜来香、山口あずさ

選句協力:朱夏



全体的な感想

景琳:52句で特に目立ったのは、なかったような気がした、少し残念。選句しないと、意見が述べられないから、選句が逸品というわけではありません。「白」の句から、悲しい色でした。
けいじ:今回、句数の割にけっこう好きでした。秋が好きなのも関係あるのかな?
朱夏:自由でいいんだけど、白チョークで書きなぐった伝言板読んでるみたいだった今回。
:はじめて句会に寄せていただきましたが、いろいろと風変わりな句があって、楽しませて貰いました。その分選句の方は全く自信がありません。とにかく目に付いた作品をあまり深く考えずに、衝動的に選んでしまった感じです。
鉄火:工場長からのお題は、毎回微妙なラインにパスを送ってくるけど、とりわけ白は難しい。作るのにも選ぶのにもくたくたになってしまいました。
洋子:初めて参加させていただきました。俳句を作ったのも初めてです。投句してからなんて大胆なことをとちょっと後悔しました。選句も難しかったです。これからどうぞよろしく。
けん太:今回は楽しかった。バラエティに富んでいたから。ボクもいろいろなタイプを選んでみました。でも、よくよくみると、観念的過ぎる、イメージの固定できない句がかなりあったような気がします。以前はそれらも結構選句していたのですが、最近は苦痛になって・・。俳句って、難しいですね。姿勢とあわなかった
またたぶ:一回一回の会の不出来は言うまい(言うけど)。楽観的に気長に見てもいいじゃないか。累々たる凡句の上に青山の代表句が生まれる日を信じてもいいじゃないか。評で鍛え合えばこそ。
:今回も、難しいお題でした。無理矢理とってつけたような白、が多かったように感じられました。←含自分。
健一:今回、惹かれる句が多かったです。
:俳句が心情や感慨、あるいは感情を述べるための道具になってしまはないための実験はユニ−クだが、独創性と独りよがりの区別が難しい。
満月:今月は自分がぽわあんとなっているせいか、各句の刺がやたら刺さるような感じがした。特に人に読んで貰うことをまったく考えていないような句や読むことに異常な屈折を強いる句(こちらが勝手にヘンな連想をするのは好きだが)にはなんだかとても人疲れする。それにしてもいろんな句がありいろんな人がいるもんだ。あれ、今月の私はなんて素直なんだろう?
:「春満月組体操の始まりぬ」を特選にとらなかった自分の読みの力不足を感じています、というわけではありませんが、今回の特選に体操服をとりました。何の為に紅葉山へ入って行くのかは分かりませんが、奇妙な味を感じます。神隠しにあう子供たちは紅葉の山へ入って行ったのかも知れません。
知昭:「白」という語を意識して使うのが日頃少ない分、どう入れてくるか悩まれたことでしょう。中には強引に放り込んできたようなものもありました。私もそうなのよ。出てきた言葉が何かで決まってしまうのですかね。
健介:今回は久々に迷うことなくすんなり選句が出来て誠に爽快な余韻に浸っています。とか何とか言ってねぇで昨晩までに届けろってんだッ、とか言われそうですな。反省してます。ってオメエはいつもそればっかだなぁ。なぁ、おい!(自分ツッコミ病)

10点句

簡単なつくりの九月白く塗る   杉山薫

特選:あずさ 隆 洋子 満月 朝比古 健一 けん太 けいじ いしず 

けいじ:僕は9月には独特の感慨があるのですが、うん、こういうのもありですね。
けん太:最後まで迷った句。イメージが固定できないような気がして。やはり理が勝っているのでしょう・・・?
またたぶ:「簡単なつくりの九月」が発見だと思う。でも下五に説得されなかった。
健一:「白く塗る」が言い過ぎだとは思ったのですが、「簡単なつくりの九月」は、ほんとうにそうだと思いました。
朱夏:よかです。夏の思い出とて特になし、気持ちだけでも秋をむかえましょうかねって。
帽子:なんかテキトーですね。
満月:あはは。簡単なつくりだ、確かに九月は。<白く塗る>がやけに効く。
洋子:私の9月も白かったです・・・
あずさ:Paint it white.
つっこみ:
あずさ:めずらしく自分の特選句がトップになった。やはりこの句の優れた点は、九月が動かないということだろう。九月ぐらい簡単なつくりの月もない。白く塗ってしまっても困らないのはきっと九月ぐらいのものだろう。(>乙女座の方ごめんなさい。)
鉄火:9月が誕生月の私にとっては(天秤座のほうです)、免許の更新やら何やらがあって簡単なつくりとは思えないのですが、それはさておき。一番気になったのは、簡単なつくりのものをどうしてわざわざ白く塗るのだろう、放っておけばいいじゃないかということです。もともと簡単なつくりなんだから、この際真っ白な状態に戻しちゃえということなんでしょうか?
あずさ:簡単なつくりのものをなぜ白く塗るか。。。この場合の白は雪の白じゃあないし、どんな白かと今考えたのですが、やっぱりこれは初期化する白なんじゃないだろうか。初期設定に戻してしまう色としての白。はい、9月、はじめからやりなおしねっ。
凌:5・7は「見付けたな」と思ったけど「白く塗る」は無理矢理題をひっつけた感じ。その強引さが成功していないと思う。勿論、肯定しょうと思えば、どんな説明も可能だが、直感的には作意ばかりが目だってしまう。「柩が白く塗ってある」にだれかが、目障りでイヤな句、とコメントつけてたけど、私もそうだと思う。白があざとく目立ちすぎて共感できない。
鉄火:私も同じ意見です。あずささんの「初期化の白」という解釈は頷けるのですが、やはり「白く塗る」が過剰に意味を放出してしまって、上五中七が塗りこめられている感じがするんですね。だから凌さんのおっしゃるとおり、直感的に作意が目立ってしまうんです。

9点句

白濁の嘘聞きながら茉莉花茶   越智

特選:洋子 特選:斗士 特選:健介 特選:しんく 薫 

しんく:真っ赤な嘘は、なぜ真っ赤なのか?同様に、この白濁の嘘の真意は?あ、そうか嘘だから偽りか。
薫:「パートナー」というアニメを思い出した。その名の通り恋のパートナーをとっかえひっかえする内容だった。で、ヒロインが茉莉利花ちゃん。名前は清楚。「白濁の嘘」が良いですねぇ。
健介:「白濁の嘘」とは実に意味深長で非常に佳い。完全に脱帽。超特選内定。賛!
朱夏:真っ赤な嘘を呪え
斗士:「茉莉花茶感」といったものが、うまく演出されている。
帽子:「白濁の嘘」が恥ずかしい。ヴィジュアル系の歌詞みたい。
満月:茉莉花茶は透明かと思ったが・・・白濁はその透明なお茶との対比だろうか。嘘を聞きながら茉莉花茶の高い香りと透明度で濁りを浄化している登場人物。透き通った嘘なら句になるが<白濁の嘘>ではだめ押し。
洋子:「白濁の嘘」に痺れました。
つっこみ:
あずさ:あ、ジャスミンティーか。今わかった。まりかちゃって、何かなーとずっと思ってたんだ。。。それにしても、皆というか大半の人が、白濁の嘘を評価しているが、嘘が濁っているのは当たり前じゃないだろうか。。。
満月:え?まつりかちゃって読むのでは?まつりかという中国の歌が昔々教科書に載っていたような。。どうして<白濁の嘘>という、かっこつけていて中身はちょっとおかしい措辞にみんな感嘆したのでしょう????
あずさ:茉莉花茶[まつりか]モクセイ科の常緑小低木。インド原産の香料植物。ジャスミンの一種。葉は楕円形。夏の夕、白色・盆形で芳香の高い五弁花を開く。温室で栽培。中国では南部で栽培し、乾花を茶に入れ、ジャスミン茶とする。茉莉。毛輪花。<季・夏>
だってさ。
斗士: 当たり前? はたしてそうか?「濁った嘘」ならともかく「白濁」には、かなりのイメージの膨らみがあるのではなかろうか。誰かの話を「嘘」だと思いながら聞いている。しかしその「嘘」の響きは作者にとって「白濁」だというのである。「白濁の嘘」というフレーズは、この二人の複雑な関係性、そして二人の経てきた時間のなにがしかの重みを伝えているのではないだろうか。それを存分に際立たせているのが「茉莉花茶」の色、香り、味わいである。そんなにスパッと割り切れるような句じゃないと思う
満月: 以前に「真っ白な嘘」という言葉をつかって句をつくったことがありますが、やっぱりこの句の濁と嘘の重なりは気になります。どちらかが抑えてあれば採ったと思う。嘘であることを書かずにああ、嘘つかれてるんだな、、と感じ取りたい。でも斗士さんの鑑賞自体はそれだけでひとつの世界になっていてとても好きです。

すれ違ふ人の中から骨の音   足立隆

特選:一郎 特選:けん太 知昭 輝 一之 しんく 夜来香 

けん太:私事ですが、体育の日、運動会に駆り出されて、足の骨を折ってしまいました。いま、固定された足の中で、ピタピタと骨と筋肉の当たる音が聞こえてきます。そんなボクへのメッセージ俳句みたいな気がしました。でも、この句の骨の音ってもっと乾いているのかもしれませんね・・・。
しんく:通勤ラッシュの朝、そんなけだるい一コマを想像しました。
またたぶ:現代俳句でよく使われるパーツをつなげて出来た句という気がする。しかも解釈成り立ってますね、これ。
一郎:確かにそういう事ってありますよね。共感しました。
輝:ホラー小説を読むような感じが文章につまっていて、それは短いだけにどこかおかし味があって、しみじみした人生描写になっていると思います。
知昭:驚きが伝わっています。無季句の手本にしたいです。
帽子:ちょっと得意がってませんか、作者の人。
満月:怖い。骨っぽい奴というより骸骨ダンスだ。
夜来香:もちろんコツコツと。そうか、あれは骨の音だったのか。骨はどたどたとは音をさせたくありません。
つっこみ:
あずさ:レレレのおじさんとすれ違ったときの音かも。。。
凌:この句「アアそうか」と思った程度で通り過ぎてしまった。本当はすごくリアルなことが書かれている筈なのに、たとえば揺れるすすきに骨の音がすればギョっとするけど「人の中から」と説明されても、もうウンウンと頷くほかない。でもこれ面白い句が書けそうな素材であって、企みが漫画的に終わってしまったのが惜しい。
満月: 私もそう思います。だから「骸骨ダンス」などというコメントになりました。エッセンスを抽出するというのではなくそのままの光景になっているので、拡がらないし滑稽。
谷:驚きました。有季定型の伝統俳句なら当たり前にあることでしょうが、このような俳句でこんなに似てしまうとは。4年ほど前の私の句で「擦れ違う人に音ありつるじの死」という追悼句があります。もっともこちらは日常が主題ですが、掲出句は観念の形象化を狙っておられるのであり、作品の方向がまったく逆ですが。使用語彙がこれだけ重なりながら、方向が逆というのも面白いことです。
あずさ:< 擦れ違う人に音ありつるじの死>つるじって何でしょうか。最近よく思うのですが、ことばって、ひとつひとつの語が響きあってはじめて意味を形成する。。。当たり前のことですが、会社でいつもはしない翻訳をたのまれ、苦しんで辞書を引いていてしみじみ思ったのです。語の意味はいっぱい書いてあるけれども、この語とこの語をこの順番にならべると???以前はそんな感じはしなかったので、俳句を始めたからこんな風に感じるようになったのかもしれません。
またたぶ:はじめまして、またたぶと申します。そうですね、ご本人にとっては「なんたる偶然!」と思えますよね。私も全く接点のない人と酷似した句を詠んで、指摘されてびっくりしたことが二回あります。「有季定型の伝統俳句なら当たり前にあることでしょうが」と言われますが、「現代俳句では句材も句想も無限にあって、偶然の一致は珍しい」というわけではないと思います。むしろ、現代俳句でも狙いや着眼点、手法など何パターンか出来あがったものがあって、ついそれに沿ったような句を詠んでしまい、反省することが多いです。伝統派よりも「自由な」はずの現代俳句で、そういう傾向があるのも皮肉なものですね。何派を標榜しようと既成のものから抜け出すのは簡単ではなく、天才も凡才も辛吟しているのでは?と思ったりします。

右折する蜻蛉余白を産みながら   鉄火

特選:薫 特選:けいじ 朝比古 健一 越智 一郎 またたぶ 

けいじ:雰囲気がとても好き。惚れた。
またたぶ:「蜻蛉余白を産みながら」を買いました。上五は動きませんか?よく考えると「余白生む」ってのにも既視感があったりして。今後に期す。
一郎:「右」に必然性はないと思うのだが、蜻蛉が曲がった、そこに生まれる空白をうまくとらえている。
越智:別に蜻蛉でなくてもいいのかなあとも思うし、産むを生むにしてほしいなあとも思う。そやけど、空白が生まれるのは確かに右折だ!左折では生まれない、と妙に感心してしまう。
薫:○○しながら××するというありがちな句型かなと思いつつ、「余白を産みながら」がウマイと思う。蜻蛉は是非赤蜻蛉であってほしい。
健一:「右折」というのが、面白いのだけれど、ちょっと違和感がありました。
帽子:これもイヤミな技巧句だが(「産む」という語の選択などウェットすぎる)、でもこれだけは言っておきたい。ユーミン575系よりはこっちのほうが絶対偉いのです。
満月:右折すると余白が?では左折すると・・・・・?
つっこみ:
あずさ:余白句をよそで見たような気がして採らなかった。かっこいい系の句で既視感ありは、避けてしまいがちにいなる。が、余白句自体は思い出さないのだけど。
満月:<蝶過ぎる蝶の形を刳り抜いて 一月>かもしれない。この句より<右折>の方がずうっといい。けど、余白が生まれるのは左折の時のような気がしてしょうがないんですが。。右が空く(右手が無防備になる)ことのたよりなさみたいなものを許容するゆとりであるような。
またたぶ:(満月さん:<蝶過ぎる蝶の形を刳り抜いて 一月>かもしれない。この句より<右折>の方がずうっといい。)そうでしょうか?? 上の一月さんの句、はっとさせられました。こっちの方が好きです。って、原句も採ったは採ったんですが。
満月 :うーん、ちょっとえぐいというか、自意識過剰でなんだか傷だらけで・・・
またたぶ:作者の思いも状況も知り得ない立場で客観的に一読して、「選句リストにあったら特選候補かも」と思いました。それは今も変わりません。他の「飛ぶもの」ではこうは納得しなかったはず。でも、上句については以上にしておきます。脱線常習犯ですので。
またたぶ :そういわれてみれば、夕鶴のつうが自分の羽根を引き抜いて紡いだようなイメージが湧きます。前言、「舌の根も乾かないうちに」でした。
あずさ@脱線常習管理人 :今日の季語体感句会で、作った拙句。。。<舌の根を乾かしてをり神の留守 あずさ>
満月 :より痛々しいイメージですね。私はなんだかこの句は蝶が通ったあとがブラックホールになっていくようなイメージ。あ、、脱線ですね。<右折>句はひろびろとした深呼吸できるような空間や余裕を感じます。

告白のこんなに魚臭いとは   宮崎斗士

特選:帽子 特選:鉄火 満月 一之 安伸 けいじ あずさ 逆選:薫 逆選:一郎 

あずさ:生臭いだとかなりコワいが、魚臭いだと生活感があるよね。
けいじ:ふふふ。な〜るほど。
一郎:「AがこんなにBだとは」という構文の場合、よっぽどの大発見でないとおもしろくない。告白が魚臭いのは小発見。意見を言いたいが為の逆選です。
薫:告白してる人と聞いてる人との微妙なズレ。俳句としての評価はともかく、この句にはなにかがある。なんだかわからんが。
健介:よく分からないけど、できれば避けたい感じの状況。
朱夏:生きてくことのおもしろや 
鉄火:告白とはそもそもどういう行為かと考え出したら、こっちまで魚臭くなりそうだ。おまけに思い出したくない過去まで甦りそうになる。まいったね、ということで特選です。
帽子:参りました。おっしゃるとおりです。
満月:なんという発見をしたのだろう。生臭いという表現はあるが、<魚臭い>はまた全然違う感じだ。海に棲んでいたころの感触にしばし戻ることがある私にとって、この魚臭さは我が身の実感を伴ってしまう。
つっこみ:
あずさ:レレレのおじさんの告白だったりして。「おじさん、魚食べたでしょ!」
一郎:高得点句に逆選を打ってしまった責任上コメントします。私は「魚臭い」を「生臭い」とほぼ同義語として読んでいました。この句を採った人のコメントを読むと、まるっきり違うものとして捕らえているようですね。私にはいまだに、「魚臭い」と「生臭い」は双子です。それからちょっと意外だったことは、中村さんと千野さんがこの句を採っていたことです。私はこの句をどろどろの「意味句」(こんな言葉はないと思うのですが適当な言葉が思いつかない)に見えるのです。この二人が採ったということは、これは「意味句」ではない鑑賞の仕方があるのかと思いました。ぜひコメントを。
満月: 以前、友人がどこかで書いていた話ですが、「女は魚臭い」んだそうです。。。。。これほんとの話らしい。。。女は海に近い。。?。。
あずさ: レレレのおじさん、女体説!(すみません。また、おちゃらけてしまいました)

7点句

白粥の底の関東ローム層   千野 帽子

特選:安伸 一之 けいじ いしず 凌 隆 

けいじ:絶対にありえないはずなのに、イメージが湧くのはなぜだろう?うまく言えないのがもどかしい。
健介:「白粥」…「関東ローム層」は赭土…う〜ん…
満月:なんかぐちゃぐちゃしてる。黒と白とが混じって・・・おえ。。
凌:何にでもくっつきそうな「関東ロ−ム層」の強力な磁力が「白粥の底」にぴったりとくっついて、言葉によって立ち上がる思いがけない世界が表れた、という感じ。
つっこみ:
あずさ:安伸さんの特選句ですが、わたしには、ぜんぜんわからんかった。誰か説明して。。。
満月 :説明は出来ませんが、、、お粥を土鍋で炊くと、底の方が焦げた時、赤っぽいねこねこべちゃべちゃしたお焦げが出来上がる。で、意味深長な風を装ってはいるけれどただべちゃべちゃがふたつ重なって気持ち悪いとしか感じられませんでした。「関東ローム層」ってやたら気取ってる感じで余計気持ち悪い。
ぴえたくん:わたしは塗りのお椀でおかいさんを食べると、塗りが透けて見えるのがきれいだったなあと思いました。もうひとつ白濁がありましたが、こちらの白粥も白濁状態ですね。白濁状態は混沌として、とても柔らかくあたたかくきれいな印象です。 白粥の底に赤土が見える、とおっしゃるのではなく、大地が関東平野が、白粥を食べている主体の住まいする生きている地が見える、と読みました。
白粥に地を見透かす心情の、その果てしない孤独寂寥を思い、選句できるなら特選にいただきたいと思っていました。
思ったことは言わないと気が済まない性格なもので、いらんことばっかり言いにしゃしゃり出て来て、すみません。。
満月:(ぴえたちゃん。:白濁状態ですね。白濁状態は混沌として、とても柔らかくあたたかくきれいな印象です。白粥の底に赤土が見える、とおっしゃるのではなく、大地が関東平野が、白粥を食べている主体の住まいする生きている地が見える、と読みました。)
うん、だからこそここのところは「底」という土鍋の底の焦げを思い起こさせる語でない別の語語を持ってきてほ欲しかったのです。はぐくまれるとか地から生えているというイメージは<底>よりもっとはるか遠いところへ投げてほしかった。

白衣着て案山子診にいく昼休   城名景琳

特選:いしず 輝 またたぶ けん太 あずさ 夜来香 

あずさ:このオトボケぶりは買いです。
けん太:「白衣」と「案山子」とは奇妙な取り合わせ。その上、「診にいく」というからこの白衣の人は医者?不思議な感じが好き。
またたぶ:これはきっと偽医者だ。勤め人なんかが昼休み白衣をそれらしく着込んで案山子に挨拶入れにいく。実は案山子に診てもらってたりして。
輝:どうしても案山子の正体が解りませんが、なぞなぞのような思わせぶりな、この言葉の列が気にかかる。
健介:単に“見にいく”であったなら採りたい。「診にいく」の嘘っぽさが嫌だった。
帽子:中七が誘い笑いになっている。むかし「邦ちゃんのやまだかつてないTV」という番組があったが(こうして番組名を字にして書くのも恥ずかしいくらいの番組だが)、あの番組で笑える程度の人ならきっとこの句を読んで「かわいい」などというのであろう。
満月:白衣というアイデンティティはきっと気が張ることだろう。本当はデクノボーなんじゃないかと案山子に聞きに行く。いや、案山子を<診に>行くのだけれど、実は案山子に「案山子性」をもらいに行っているのだ。帰り道、彼は実に案山子的であるに違いない。
夜来香:この方はお医者さま、それとも研究者? 案山子と白衣の人が並んでどっちがリアルに見えるのでしょう。おもしろい取りあわせ。
つっこみ:
あずさ:チノボーさんが、「山田かつてないテレビ」と書いていたが、わたしはモンティ・パイソン(←なつかしすぎか。。)と思ったのですね。もっとも、モンティパイソンでわたしが一番ウケたのは、「手を挙げろ!」と強盗に言うと、手が千手観音状態にたくさんが上がって、強盗が倒れてしまう。というギャグ。なんか好きだったのですね。
トマソン :タイトルの句を見て、考えました。<白衣着て買出しにいく昼休>
あずさ: うーん、これだとサザエさんギャグかも。。。
トマソン:これはギャグというよりも、自分の経験そのまま。

6点句

紅葉山体操服の子の入りぬ   朝比古

特選:隆 特選:夜来香 健介 またたぶ 

またたぶ:この「体操服」は動かない。この子は山に分け入ってこの世のものならぬ紅葉に歓声を上げるのか、それとも神隠しのようにもう戻って来ないのかも。
健介:ずばり秋の遠足の光景ですね。「入りぬ」の“ぬ”はこの場合どうなのでしょうか…私なら<紅葉山体操服の列の入る>としたくなっちゃうのですが…。
帽子:大小の対照がミソだが、大振りを通り過ぎて大味になってしまった。
満月:そしてそのまま帰ってこなかった・・・・・ふっと紅葉山の異様な炎に呑み込まれたようで「神隠し」という言葉を思い出した。
夜来香:いちばん白という色を感じた句。色のコントラストを想像させて気持ちがいい。見たままを詠んでいて、なお且つひねりもある。

5点句

曼珠沙華タクシーひかりながら来る   田島 健一

帽子 鉄火 安伸 またたぶ しんく 

しんく:上五を下五に持ってきて、もう少し形を整えると、もっと好きになりそうだ。
またたぶ:この「タクシー」は彼岸へ連れてってくれそう。ただし「ま○○○教」の彼岸かもしれない。
健介:表現にあともうひと工夫欲しいところか。
鉄火:句の形はどうかという気もするが、このイメージは好き。あるいは上五で切れないで、「曼珠沙華タクシー」なのか?
帽子:「ひかりながら」の彼岸系脱力を高く評価する。こうなると最後の「来る」もあなどれない。

コスモスを考えている栄養士   宮崎斗士

特選:健一 朝比古 知昭 一郎 

またたぶ:「職業名プラス少しワケあり気な挙動」というパターンは幅広く使える。この句の成功度はまあまあってとこか。
一郎:マッチングがいい。「コスモスを考える」という表現は、難しすぎて私には苦手。
健一:内容がよいと思いました。なんか、凛とした栄養士だと思いました。
健介:どういうことを「考えている」のだろう?『食べたら結構イケるんじゃない?』とかって?
知昭:形が完璧にでき上がっています。逆に入りにくいのかもしれないけど…。
帽子:やや不明瞭か。
満月:ふうむ、ビタミン宇宙・星グラム?

本日も意識不明の白クレヨン   にゃんまげ

洋子 満月 越智 いしず あずさ 逆選:斗士 

あずさ:白クレヨンって、役に立ちそうで立たないんだよねぇ。白クレヨンの意識は確かに不明なのだ。
越智:白いクレヨンて存在感が無いと思てた。意識不明やってんね。
健介:「意識不明」とは穏やかじゃないですねぇ…それも「白」だけっていうのが……
斗士:「意識不明」と「白」が、つきすぎ。
帽子:「意識不明」と「白」がつきすぎ。
満月:あー、わかるなー−−−。この無防備かつ無意識かつ緊張感のない姿こそ白クレヨンの本意本情というものだ。(←もとお絵描きさん)
洋子:確かに白クレヨンあんまり使わない。

4点句

百態のキティの街に水を打つ   またたぶ

斗士 鉄火 景琳 越智 

景琳:101匹ワンちゃんってあるけど、思わず猫版を思い出しました。
健介:「水を打つ」のは宜いが、むしろ私はこんな「街」は怖い。
鉄火:キティへの嫌悪がクールダウンしたら、こういう句になるのかと思った。街は東京より京都かという気もする。
斗士:「水を打つ」が微妙な味わい。
帽子:なんかおやぢくさいよな、この「キティ」の使いかた。サンリオって考えたとしても、台風の名前と考えたとしても(台風に水は打たないか)。
満月:<百態のキティの街>をくっきりと自立させてほしかった。因果関係でなく、前半と後半をぶっちぎって対比させるとおもしろかったかも。

色鳥やアンドロイドと迎ふ朝   しんく

特選:一之 斗士 鉄火 

またたぶ:非常に気になるけど、新しさ以外の何か決め手がほしい。
健介:正しくは“迎ふる朝”だと思うのですが、それはともかく、やはり私は生身のひとと迎ふる朝でありたいっス、はい。
鉄火:同じSFでもハリウッドというよりフランス的。ふと、トリフォーが撮った「華氏251」を連想した(内容はまるで違うが)。
斗士:考えてみれば「色鳥」という季語、確かにどことなく無機質的。
帽子:アンドロイドの使い方がいかにも不器用。当人だけ新しがっている。
満月:ミレニアムが近い。すぐにそういう日がくるのだろう。近近未来俳句?

もの喰えば歯形の残る建国日   山口あずさ

凌 朝比古 健一 しんく 

しんく:あたり前すぎる上五中七ですが、建国日とのとりあわせには、むしろふさわしいと思った。
またたぶ:噛れば確かに歯形は残るが、喰って残るとは限らない。それを敢えて「喰えば」とした作者の意図は気になる。それと「建国忌」の効果は疑問。
健一:あたりまえのことですが、「建国日」で、実に質感のある句になったと思います。
健介:「歯形の残る建国日」は使えそうなフレーズ。「もの喰えば」でつまらなくなってしまった感じがする。
帽子:悪達者な「発見」とやらですな。
満月:建国日句は<キューピー>句を当分越えられないだろう。
凌:最初は「敗戦日」でもいいのではないかと思ったが、やはり「建国日」の方が違和感が際だつ。
つっこみ:
またたぶ:自分のつけたコメントがあまりにもバカだったので、墓穴と知りつつ 訂正入れます。
(噛れば確かに歯形は残るが、喰って残るとは限らない。それを敢えて・・・)これ書いた時、頭が理屈一色になってて、語呂のこと忘れてたらしい。もちろん、「喰えば」でしょうね、ここは。あー、はずかし。。

夜の扉押せばざわざわする芒   凌

特選:知昭 安伸 いしず 

知昭:何かが起こりそうな予感が漂っています。
帽子:好きだがどっかで見た気がする。「春の家裏から押せば倒れけり   和田悟朗」プラス「ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき   安井浩司」だろうか。
満月:<夜の扉>にもうちょっと色をつけて欲しかったが、この<ざわざわする芒>は魑魅魍魎のようで生きている。
またたぶ: ススキノのコピー?

3点句

白のほどけし空蝉のかたちかな   田島 健一

隆 満月 薫 

薫:ありがちといわれそうだけど一票。「空蝉のかたち」まで言ってしまうとちともったいない?
朱夏:セルロイドの劣化 固まっちまった想い出 
帽子:イヤミなくらいの技巧。しかし「恋といふ ゲーム」などと言って悦に入っているようでは、この句のような新しくないけどテクニシャンな句には絶対勝てない。
満月:白という抽象を<ほどける>という動きによって(空蝉の)かたちにまでもってきたのは勝利。兼題の「白」という言葉にここまで感触を与えた句は今回ほかに見あたらなかった。

わがデモは騒がしくあれ白木蓮   山本一郎

洋子 越智 けいじ 

けいじ:”わがデモ”に惹かれるものがあった。
またたぶ:なるほどー「わが恋は華やかであれ」じゃ陳腐だしね。でも「騒がしくないデモ」って変じゃない?
越智:白木蓮がぴったりだと思う。
帽子:デモなんて社会性? と思ったが「わが」である。この不安定さは計算ずくだな。好きです。とくに中七。
満月:ここでは白木蓮自身がデモをするよう。ざわざわと。一句は古めかしくヒロイズムに酔った感じもするが、<デモ>というようなナマになりがちな素材を清潔で精神的なところまで持っていったところを評価する。
洋子:白木蓮とデモってなんか合います。
つっこみ:
またたぶ: 自分のつけたコメントがあまりにもバカだったので、墓穴と知りつつ訂正入れます。
「騒がしくないデモ」はあり得るわけで……今、この句は「悪くないやん」と思ってます。
あずさ:なんか、泉谷しげるにデモに行く歌があったけど。。。古くないか?陽水、拓郎、いずみや、って、勝負ついたろう、という気がしている。
この句の作者:古いです。だいたいデモなんて。でも、自分はその古い世界で現在進行形で生きています。最近参加したデモは「10・21国際反戦デー」。今の人の心をつかめていないのが悩みです。でも、いつかはつかんでやるぞと思いつつ、試行錯誤しています。化石にならないようにしたい。
(あずさ:陽水、拓郎、いずみや、って、勝負ついたろう、という気がしている。)
この意味がわかりません。同じ言うなら、加川良、高石友也、岡林信康じゃないでしょうか。それなら分かります。この句は、どちらか言うと高石友也系の句です。ついでに言うと岡林はアナーキー。加川良ははすに構えた感じ。陽水、拓郎、泉谷って、反体制のメッセージソングであったフォークを、すっかり去勢して、個人の思いを歌うように変質させた人たちであり、この句の世界とは無縁です。もちろんこの3人が悪いという意味じゃなく、その時代の若者がそういうのを求めるように変わっていったということですが。
満月:同世代の私としては大いにうなづくところです。三十歳代の方はリアルタイムでのフォークの発生を知らないから、軟弱拓郎以来あとに残っていったじめじめフォークだけをフォークと思っているのでしょう。ま、それ以前の彼らがじめじめしたところがないかと言えばちがうでしょうが。あのころの「歌」なるものはそれ以後の歌となにか本質的に違う気がします。この句の作者さんを知っている満月でした(^^;
凌 :確かにデモは古いかも知れない。しかし、この句は古くない。最近でも市民団体などがやっているデモを見かけることはあるけど、あれはデモじゃない。作者が言うようにデモは騒がしくなければならないし、社会状況に向けて爆発するかも知れない激情を予告するのがデモであった筈。フォ−クソングや流行りすたれとは別のところで作者は今も「時代」を抱えている。だからこそ、花というよりも高く幹をつける「白木蓮」の匂いが際だつのではないか。真剣な句は真剣に読みたい。
あずさ:これはお気持ちとしては非常にわかるのですが、現代の病巣として、真剣であれば真剣であるほどパロディ化してしまう。このパロディ化を拒否する鋭さが欲しいのです。加川良、高石友也、岡林信康のうち、顔も名前もわかるのは岡林信康のみです。10年くらいの世代差がある。。。わけですよね。骨抜きになった、という印象をわたしはもう少し下の世代(名前は端折りますが。。。)に対して抱きます。もっと下の世代だと孫みたいで。。。(←なんのことやら。。)
凌:(あずさ:これはお気持ちとしては非常にわかるのですが、現代の病巣として、真剣であれば真剣であるほどパロディ化してしまう。このパロディ化を拒否する鋭さが欲しいのです。)
う〜ん・・・そうか。そうだよねえ。

白日のもとで吉野を水に溶く   中村安伸

特選:凌 薫 

薫:実に堂々として潔い。大道芸ぽくもある。嘘っぽいことは案外白昼堂々行われているものだし。
健介:この「吉野」とは“吉野葛”ということか。でも……
帽子:「吉野」以降は、ややステレオタイプとは思うが吉野の本意をはずさないシュアな作りだと思う。けど「もとで」が邪魔臭くてしょうがない。
凌:「白日」にやや意味の断片がこびりついているが、「吉野」は地名、あるいは他の固有名詞としてのそれではなく、きわめて私的風景、あるいは状況が象徴されているのではないか。したがって「吉野」は意味としてではなく、言葉として受け取った。日常的な伝達の意味を切り離すと、言葉は詩の力を取り戻すとよく言われるが、この句がそうなのかどうか。

をとこ棄つればききょうかるかやをみな美し   満月

特選:輝 あずさ 

輝: よく分からないのですが、女郎花が入っていて、秋の七草でしょうか、何ととなく、人生を投げ出したようなあきらめに似た感慨と、驕慢な女の美しさととないまぜになった、不思議な感じがします。
帽子:自己主張強し。言いたいことが溢れすぎて短歌的。だから悪い、という意味ではない。だから嫌い、という意味だ。
あずさ:捨てたる。と何度思ったことか。今もちょうど思ってるとこなんだよねぇ〜。
つっこみ:
ぴえた: 鼓や笛が聞こえてきそうで、まるで中世の歌謡のよう!
あずさ:ぴえたさん、明るいですねぇ〜。この句の明るさって、闇の反転だと思うのだけれども。をとこ喜んで捨てる奴もいないと思うのよね。自分のをとこだったわけでしょ。。。(;;)
ぴえた:作品自体は明るいとは感じませんが、掛詞と遊び、花野が閑吟集を思わせます。だからかな、あまり俳句俳句した印象はありませんね。 作品の余韻に諦観の「ふっ」が聞こえるのも面白いし、この作風は詠い始めると止まらないと思うので、続きに期待しています。(作者さん作ってね〜?)
作者: 閑吟集とは!ほとんど読んでない。。。俳句に短歌の手法を取り入れたくてたまにこういうことをやります。純然たる俳人からはきらわれるでしょうが、俳句が俳句的なばかりでは煮詰まってしまう気がして。
(ぴえた:作品の余韻に諦観の「ふっ」が聞こえるのも面白いし、)
さすが歌人はそのへんを読むのですね。
(ぴえた:続きに期待しています。(作者さん作ってね〜?))
出来たときが出来たときですが、今後も避けることなく書いていきたいと思います。
ありがとうございました。

赤茶けた母地平線よりまた生え   山本一郎

特選:満月 鉄火 逆選:安伸 

またたぶ:こういう怪物母モノ路線ありますね、安井浩司あたり?
健介:「また生え」ってことは今回が初めてではないってこと? なんだかコワ〜。
鉄火:「地平線」は安易な連想を許してしまう気がするけど、母が生えてくるというイメージに脇腹を付かれてしまった。
帽子:中七下五は買うが上五は杜撰。
満月:あまりの迫力にこれが今回の特選。ハニワの大魔人のようなのが出てくる昔の子供番組を思い出した。<赤茶けた母>なんて最高に怖い上にそれが<また生え>る・・・それは死んで焼かれた母かもしれない。こわくてこわくてつい尊敬してしまいそうだ。でもなぜ<生える>じゃいいけなかったのだろう。

ダリの画を一枚かける秋の空   城名景琳

洋子 健介 一之 逆選:凌 

またたぶ:なぜ「一枚」なのか?「一枚」が却って足引っぱってないか?
健介:そういう“ダリの画”が何だかありそうに思えてきちゃいますね。
帽子:だから何度もいうが俳句やってる人ってなんで「一」にこだわるの? 「一枚」とかの「一」って、そこに緩みができるから気をつけたほうがいいと思う。ダリというよりマグリット、いや掛け軸か。
満月:一枚と書かなくてもこの場合ふつう一枚と思いますが、私は。むしろ「たくさんかける」の方が愉しくて異常で好きだ。一枚なら個人的にはマグリットの方がいい。エッシャーがいい人も?。
洋子:秋の空って絵を飾るのにいいですね。
凌:あまりにもぴったり収まり過ぎて、ダリが可哀相。ダリはもういいよ。

目障りな柩だ白く塗ってある   凌

特選:越智 一郎 逆選:朝比古 

一郎:リストを読んでいて、いつもこの句が目に障るというか引っかかるのです。いやな句だ。
越智:死者の言葉として聞こえるのが面白い。なんてわがままな死体!
健介:それはさぞ目障りなことでしょうな。「柩」で思い出したけど、むかし関西の方の所謂“風俗”で確か“棺桶プレイ”というのがあったそうな。ぜんぜん関係ないけど…
帽子:川柳的というのか。フレーズとしておいしい。いただきだ。
満月:よくある書き方とは思うけど実感かもしれない。よく焦点が結んでいる。

2点句

白球のしんしんと降る花野跡   鉄火

薫 にゃんまげ 

にゃんまげ:そして冬がくる?
薫:静かなイメージが良くでてると思います。花野跡、が良いんでしょうか?
健介:解る人には分かると思うのですが「白球のしんしんと降る」まで読んだ時点で、私は卓球の猛練習を思い浮かべてしまった(「しんしんと」とはちょっと違うのですが…)。でも「花野跡」とありますからねぇ…やっぱり分からなくなってしまった。
帽子:白球がしんしん降るのも面白いし(まさか晩冬の牡丹雪の隠喩ではないよね? もしそうだったらアウト)、花野「跡」も、なんで跡なんだろ、と思わせるところがいいと思う。
満月:こわい。亡者が野球かテニスをしている。

十六夜の水見えなくて接吻す   中村安伸

斗士 一郎 

一郎:かっこいい。それだけで選んだ。
斗士:「水見えなくて」好きなフレーズ。「十六夜」は動くかもしれない。
帽子:上五中七と「接吻」の距離に計算を感じるというか、計算が見え見え。あざとくてちょっとゴメンて感じ。
満月:世紀末ナルシス。

蛇穴に入るを知らずや檻の熊   後藤一之

夜来香 健介 

健介:「檻の熊」が「−を知らず」という解釈をしたのですが、その場合に(私の感覚では)中七の「や」の切れが引っ掛かるんですが、これは別に問題ないのでしょうか?(そんな気もするのです)どなたか教えて戴けませんでしょうか。たとえば<知らずに>とか<知らざる>とするのではだめなのか。とすれば、それらとはどう異なるのかを。
帽子:理に落ちる。
満月:早く穴に入ってください。
夜来香:当たり前のことを言っているが、蛇と熊のとり合わせがおもしろい。

青紅葉散らすホワイトハウスかな   いしず

知昭 凌

凌:テレビのCMに突如現れるクリントン大統領よりも、こちら日本の秋に浮上する本物のホワイトハウスだ。言葉の取り合わせの妙?。
健介:「青紅葉」とは初耳ですが、造語?
知昭:紅、青、そしてホワイト。このカラフルな組み合わせを素直に良しと取りました。
帽子:題が「白」で「ホワイト」なのだとしたら、もっとなんかあるだろ、と思ってしまう。
満月:青と白の対比のみ。何か言いたそうなんだけど。。成熟してないものを散らす行為?理屈が前に出る。

ほろほろと わたしを撫でて 白萩よ   室田洋子

隆 輝 

またたぶ:俳句の「萩」では特に断わらない限り「ほろほろ」が含まれていますから、わざわざ言わなくてもいいですよ。
輝:分かち書きの必要はなさそうに思いますが、たまにそんな句が混じっているとたしかに目をひきますね。甘えた感じが何とも言えない。
帽子:演歌フォークナルシシズム。一字空きも意味不明。
満月:自愛だけ。それもゆうれいのような。そしてこのお定まりの一字空け。。。。

豆大福おはぎ草餅御堂筋   越智

知昭 けん太 

けん太:この句はとにかくリズムがいい。「御堂筋」が楽しい。でも100年前?の御堂筋・・・。
知昭:リズム良いだけに上六になったのは惜しい。熱さあふれて面白いのなんのって。
帽子:四題噺。草餅が春の季語って知っててやってるのだろうか。
満月:ふぅ、お腹いっぱい。

白元に落葉は買ってもらいます   岡村知昭

凌 帽子 

帽子:ムシューダを作っているのは白元だったか小林製薬だったか、小林はCMに曲をつけないから白元だったと思うが。とにかく言い切りの強さが消費団体的で意表つかれた。
満月:濡れ落ち葉族のこと?防虫剤入れろって?
凌:「に」と「は」の巧妙なすり替えによって意味を曖昧にしてしまう。そして別の新しい意味を導き出そうとする言葉のトリックに納得。

稲光我が白票を二つ折り   白井健介

健一 しんく 

しんく:投票所に行かないのと、無記名で投票することとは、やはり差があるのでしょうか。
またたぶ:「稲光」「我が」と重ねるのは力みすぎだと思う。
健一:面白いと思いました。「稲光」はすきです。この句の場合の「我が」は、無くてもわかると思いました。
帽子:たぶん無意味だとは思うが、うっかり意味が発生してしまいそうで危うい。もっと無意味性を全面に出す戦略があれば採った。
満月:おお、すごい白票だ。
健介:(自解)「白票を二つに折りて稲光」とのちに推敲いたしました。一応報告まで──

恋といふ ゲームに負けて 蛍飛ぶ   室田洋子

景琳 輝 逆選:隆 

輝:蛍飛ぶの実感は湧きませんが、この言い回しはユニークだと思います。
景琳:たかが恋だから、蚊や蠅でも、ごきぶりじゃだめな蛍なのですね。
健介:もしや<じゃんけんに負けて螢に生まれたの>が発送の下敷きにあるのか? いずれにしてもこの句は面白くないと思いますが…。
帽子:はい、ユーミン行きね。寒い寒い。一字空きも意味不明。
満月:他愛ない因果関係。飛んでいる蛍がみな恋に破れたわけではないから、登場人物が勝手に負けた自分を蛍になすりつけている感じ。字空けはどういう意図でしょうか。この句には全く不要。
隆:池田澄子の<じゃんけんに負けて螢に生まれたの>があるのを知っての作ですか?そうでなくてもこれは支持できません。

陰毛の白髪を抜くや万愚節   足立隆

夜来香 けん太 逆選:健介 逆選:一之 

けん太:私事ですが、「陰毛俳人」と呼ばれていたことがあります。NHKの番組で陰毛の句を披露、生放送でオンエアされてしまって・・。何でもない句ですが万愚節と結びつけてるところがエライ・・・?
健介:「万愚節」という“落ち”がいただけない、って感じです。詠み手の“照れ”やら“逃げ”が見えちゃう感じで却ってシラケる。季語に何を持ってくるかは実に難しいですが、是非とも生真面目に詠んで欲しい内容の句だと思います。
帽子:類句は毎年馬に食わせるほど作られているだろう。陳腐の極み。
満月:まことに愚そのもの。こういうのをハイカイシュミと思って書くのかなあ。
夜来香:笑いをとろうと思ったのでしょうが、万愚節を置いたことで余計に哀愁を感じさせます。笑えません、哀しいです。

1点句

娼館の秋は三枚下ろしから   岡村知昭

帽子 

健介:「三枚下ろし」って魚の? それしか思い浮かばないんだけど、そうでないとしたらどんなことなんだろう?
帽子:拙句「露寒の娼家に睡る国旗かな」よりもこっちのほうがいいと思う。力の抜け具合が好み。
満月:<娼館>とはまた最初から道具立てがお芝居だ。娼館にも生活があって当たり前なんだけど、娼館そのものがない現代となっては・・だまされちゃいけないぞ、この書き割りに。ま、きれいにできているけど。

空井戸白し白しと騒ぐものでもなし   満月

帽子 

またたぶ:かたちにひかれる。でも中味がついていってない気がする。
帽子:んー。これはなんか見たことがある感じ。狙いは好きだが、「蠅叩有る時は二本無い時は無し   西村白雲郷」や「てのひらを見るに時間がかかりけり   阿部青鞋」と比べてしまうのは残酷か。この路線でもっと読んでみたい。

引き絞る神の弓手に秋の蝶   鯨酔

斗士 

健介:私にとっては「神」というのがピンとこなくて……。
斗士:かっちりとできている作品。パワーと緊張感と哀感と、けっこうもりだくさん。
帽子:弓手は弓を持つ手、つまり左手。ということは弦を引き絞るのは右手(馬手、めて、といいます)のお仕事なんですねえ。神だ仏だと言う前に日本語を大事にしようね。
満月:弓手なんて言葉久しぶりに見た。そういえば近所の神社の流鏑馬が近い。

新宿の白昼に消ゆ秋の蝉   朝比古

健介 

健介:なかなか味わいのあるイイ句だと思いました。
帽子:上五中七の中途半端な火曜サスペンスはちょっとどうにかならないものか。

白熱のルー・リードより秋灯   しんく

にゃんまげ 

にゃんまげ:ちょっと懐かしくて・・・
健介:「ルー・リード」ってなんでしたっけ? それが分からなくて…すみません。
帽子:「ダリの絵」「新宿の白昼」と同じように、固有名の生々しさをいい加減な季語斡旋で「ねぶたい」(リリー・フランキー)ユーミン575的日本情緒に稀釈してしまっている。季語にたいして失礼では。

台風の目の中にいる白い神   松山けん太

景琳 

景琳:気象地図みれば台風の目は白くない。周りが白い。神って、ちょっと意外でした。
朱夏:急に全てが深閑となるあの一時 たしかに寡黙な神がいる
帽子:「白い」に説得力がほしい。

運動会白けることに白けてる   山口あずさ

景琳 逆選:けいじ 

景琳:これから、運動会の季節。あらためて白けてる確認した。
健介:でしたらとことん盛り上がってみればいいのでは?
帽子:説教臭い。
けいじ:わざわざ白けてる運動会を俳句にしなくてもいいでしょう。
満月:あ、そう。。

その他の句

バルコンに雨の歌聴く白芙蓉   鯨酔

健介:「白芙蓉」が「聴く」と解釈できてしまうことには私は否定的。「雨の歌」というのも少々クサい感じ(失礼ながら)。<バルコンで聴く雨のこゑ白扶養>ではだめかな?
帽子:作者はポエムな擬人法がお好き? きっと小学生が書く詩とやらもお好きなのだろう。
満月:気取りすぎ。

村雨のやうに一球入魂す   小島けいじ

健介:出ましたぁ「ように」シリーズ! で、この句はイマイチ?
帽子:村雨は雨かそれとも妖刀か。変な句だがこの変はけっこう好き。

秋雨の降るとしもなく過ぎ行きぬ   志摩輝

健介:どういう意味か分からなかったんですけど…
帽子:中七がよくわからない。
満月:<降るともなく>では?<としもなく>がわからない。

にんにくの匂いのする本秋の暮れ   松山けん太

帽子:中七の字余りが格好悪い。内容も、それがどうしたって感じ。

濡縁に枕が育つ蔦の昼   千野 帽子

あずさ:年寄り昼寝俳句。

眼底の殊に白曼珠沙華愛づ   またたぶ

帽子:字足らずが台無しにしている。
満月:眼底ねえ・・・

秋黴雨しいたけ牛の足は棒   杉山薫

逆選:満月 

帽子:三題噺?
満月:今回これほどわからない句も他になかった。この三つのヒントから浮かんでくるものは??もしかしたら二時間ドラマに出来るような材料があって、その初めと中と終わりを書いたのだろうか???

稲穂波全速力のゴーカート   白井健介

逆選:越智 

越智:台風とか突風の翌日の稲田の倒れ方がリアルに見えて、六つめに好き。
帽子:二つのものをただくっつければいいというものでもないと思う。

白が行く今日はおいらも秋休み   小島けいじ

逆選:鉄火 

鉄火:すいません。全然わかりません。
帽子:なにも考えてないのならまだいいが、「なにも考えないようにしよう」と考えているあたりがちょっと許したくない。
満月:<白>ってなんですか??

抜けるほど白き素肌や秋うらら   志摩輝

逆選:あずさ 

あずさ:色白好きという定番が、ガングロ嫌いを助長しているのか。とにかく、知らず知らずのうちのセクハラの可能性がるので、逆選。
健介:「秋うらら」がいまいちキマってないか。「抜けるほど白き素肌」って常套的かも。
帽子:これでは化粧品のコピーにもならない。

白夜めく歌舞伎町にもちんちろりん    いしず

逆選:景琳 

またたぶ:「歌舞伎町」という不穏な町が「ちんちろりん」で結ばれるこの愛敬が好きだ。「も」がやや説明臭い。
景琳:歌舞伎町に「ちんちろりん」?まさしく逆のイメージでした。
健介:「にも」で“理屈”にしてしまっているのが嫌だった。
朱夏:リーン、リーン、リーン。
帽子: 「めく」ってとにかく苦手な語だ。「も」は一音余ったから入れました、的お手軽さ。全体に中山秀征的誘い笑いが痛々しい。
満月:白夜は夏、ちんちろりんが松虫の声なら秋。でも<にも>が一番の問題かもしれない。

グランドに残る白線秋の雨   後藤一之

逆選:しんく 

しんく:悪くはないですが、グランドの白線という素材は、至るところで目にしますので月並な感じはぬぐえません。
健介:ちょっと平凡すぎたのでは?
帽子:ユーミン575系。まあご自由に。
満月:いっぱし書けるつもりの学校の先生が俳句の授業にお手本に見せる自作句。またはその授業で作った生徒の「フレッシュな」句。

しらじらと秋霖舞うも別れ知る   夜来香

逆選:帽子 

健介:「秋霖“舞う”」という表現が引っ掛かります。
帽子:「舞う」は秋霖には無理だと思う。「も」は「ここ、泣くところですからね、読者の人ドラマチックに盛り上がってください」という信号がはっきり言って出過ぎで鬱陶しい。「別れ」を「秋」につけてくるド演歌センスがいまどき存在していることへの驚きはともかくとして、「知る」の説教臭(かつて『水戸黄門』のナレーションでならした故・芥川隆行氏にふさわしい演出)はなんとかならんか。
満月:秋霖ってしらじらと舞うんですか??この<も>は?秋霖と別れは同じ側にあると思うんですが。