1998年上半期 青山俳句工場向上句会超特選大会選句結果

(長文注意!)

お待たせしました! 98年上半期超特選、選句結果の発表です。
1句選じゃいくらなんでも少なすぎると宮崎斗士工場長、3句選ぐらいにしてもらえませんかと満月さん。そこをなんとか過激に1句にしたいとお願いし、無理矢理選んだたったの1句。言いだしておきながらわたし自身、最後に残った3句から何が悲しくてこの2句を選んじゃいけないのかと、神様を恨みたくもなりました。1句というから無理に1句にしたけれど、ほんとはこの句もこの句も選りたかったと、みなさんの選句評にもあります。
何を隠そうすべて特選句。すべてだれかの1等賞だった句ばかりを集めたのです。
むちゃと言えばむちゃな企画に、みなさんノってくれてありがとう!
一応得点順にソートはかけましたが、すべてが特選句、ここに謹んで偏愛と理性の狭間に揺れる選句結果を発表いたします。

向上句会とりまとめ:山口あずさ


選句協力:石津優司、坂間恒子、後藤一之、松山けん太、足立隆、田島 健一、北山建穂、桑原伸、やんま、さとうりえ、岡村知昭、林かんこ、鉄守一彗、藤井清久、デュポン、愚石、黒田慎二、亜希子、伊瀬 みつる、yokot、秀、井上痴庵、まりりん、守口守、増野めぐみ、大石雄鬼(豆の木)、水田徹、澤田ちせい(以上2名俳句魂)座豚呂、満月、南菜風、あかりや、はにわ(ToT)、風狐(以上、6名FHAIKU)宮崎斗士、中村安伸、白井健介、青嶋ひろの、千野帽子、内山いちえ、木村ゆかり、十三夜、早川弘之、姫余、山口あずさ(以上11名、青山俳句工場)


超特選4点句

春の路地ひとつ間違え浄土かな     松山けん太

知昭・一彗・清久・かんこ

知昭:こうしてたくさん句が並んでいるのは、やはりすごいものがあります。そして「俳句」なるものに始めて出会った時、様々なイメージと発想に色どられたこれらの句と出会うとは思わなかったでしょう。やっぱり参加してみてよかったです。自分いったいどんな句が好きなのかと言いますと、一読してすぐに「わかった!」と反応できて、脳天から足の先までを楽しませてくれる句であります。この中で初めて出会った時から体中で楽しめているのが、「春の路地−」の句なのです。確か特選に推したのですが、今見てもやっぱりいい。言葉の流れがシンプルだし、内容は不意をついてるようで、しかしありそうで、心ゆくまで味わえる句と思います。
一彗:春風抬蕩の僥倖に恵まれたのか、「ひとつ間違え」(私意=俳味)のおかげで極楽浄土と遭遇してしまったが、その時の絵がイマジネーションをかきたてますね。彼岸でなく、路地のなかに浄土がある、この観念が句を成立させている。誠に凡愚にはありがたい一句であります。
清久::路地一つ一つがもっている異次元の感覚を、妙に深刻ぶらないで、明るく捉えたところが気に入りました。外部からの選句ですが、とても良い句が多くて一句選ぶのに、骨を折りました。
かんこ:のほほんとした春、わけもなくぶらぶら歩きたい春。浄土が凄く効いています。ほん とにこんな風に春の日にひょいと死んだら、いきなり浄土にいるのかも。
守:これまたシュールな。でも、間違えなくても浄土へ行くやつは行くんだよ。安全運転ね。
超特選3点句

水母(くらげ)だか死んだ伯母だかわからない     千野帽子

デュポン・満月・ゆかり

デュポン:おばさん、しっかり往生してください。合掌。
満月:放心状態で浮遊している感じもするのだが、逆に手放しでわあわあ泣きながら、そのわあわあをそのまんま書いたようにも思えてくる。この何がなんだかわからなさが、水母と死んだ伯母とを突然、アナロジーとして私の中に成り立たせてしまった。
ゆかり:この句に遭遇したとき、たしか特選では選ばなかった気がします。しかし、いまだに頭の縁にこびりついています。 この前観た「なんとか」というSF映画では、夥しいくらげが乱舞する場面がありました。そしてそのくらげたちは、一人の女性にまとわりついて殺してしまうのです。このシーンがとても印象に残っていて、この句とオーバーラップしています。 くらげというものはかなり得体の知れないもので、「伯母」というのもそれに劣らず得体が知れません。「叔母」のような溌剌感もお茶目感もなく、いつも何かを企んでいそうな伯母。死んだ伯母はくらげになって帰って来るのかもしれないと思いました。 謹んでこの句を超特選句とさせていただきます。
守:またまたシュール。これが叔父なら、ワカメか昆布だね。
ちせい:瀬戸内海で大発生して、漁師の迷惑になっている大クラゲを朝のニュースで紹介していた。伯母は五十代、鏡餅状に太って、ピンク系の花柄のスーツを好む。開いた襟元から顎に掛けての横皺の入った肉の色、ぶよぶよ具合が捕獲された大クラゲにそっくりだった。

豆もやし首をもたげる春の闇     山口あずさ

ちせい・yokot・健一

ちせい:選ばなかった句については、なぜ選ばなかったのか理由が有るのですが、選んだものについてははなはだ語りにくいです。簡潔なところが好みなのだと思います。豆モヤシは普通のモヤシより栄養が有りそうだし、食感も好きです。 モヤシは白い胴体は透き通りそうで、真珠のような艶があって、うつくしいのだけれど、ひげまでトータルすると不気味にも見える。モヤシの様な人なんて、絶対にほめ言葉じゃないし。「首」という語にモヤシの真珠のような色と質感があり、あるいは、頭、という意味に取ればモヤシの豆に呼応する。「もたげる」に蛇のような不気味さがあり、光の当たらぬ白さが、その美しさと気持ち悪さを同時に作り出しているという「春の闇」という落ちつきどころもまとまっている。というわけで、べた惚れっす。
yokot:牛丼屋もすてがたいんだけど、これなんかうつくしいかんじがして。
健一:「春の闇」がよく効いていると思います。
守:もやしの生産現場の話? もやしにまで芸術を求めるのね。

超特選2点句

騙し絵に垂れしアイスクリームかな     大石雄鬼

徹・優司

優司:思わずにっこりしました。夏休みの一こまでしょうか。この子、不思議な不思議な騙し絵の世界にすっかり没頭しきっているのでしょう。手に持った大好きで大切なアイスの解けているのにも気がつかないで。まさに、騙し絵に騙されているのですね。しかし待てよそう考えた時に、自分らの回りにも沢山の騙し絵があることに気がつかされます。騙されていることに早く気がつかないと。それとも、騙されているならそのままズーっと騙され続ける方が幸せと云うものでしょうか。
徹:緻密に描かれた立体感のある騙し絵だが、アイスクリームが付着して垂れることによりその平面性を再認識させられる、といった感じでしょうか。エッシャーの「平面に立体的に描いた絵を、それがどれだけ立体的に見えても平面であることを、平面の絵の中で表現しようとした 絵」等を 思い出しました。 575で読むと、「だましえに たれしあいすく りーむかな」でアイスク リームが変なところで切れるのも語感として面白いと思いました。
守: シチュエーションが想像つかない。どういうことなんだろうな? 素人疎外の句は選べない。

少年にいっぱしの過去冬の梅     白井健介

一之・伸

一之:向上句会に二度つづけて参加した。たしかに、若い感性のきらきらした作品も多く、新しい「俳句」を創造していこうという意欲は感じられるのだが、一方で散文化してしまい、定型詩の特性を自ら放棄してしまったかのようだ。¥(例えば、「切れ」のある作品がいわめて少なく、だらだらと主観を叙べたものが多すぎる。) その点、この句は典型的な二句一章のスタイルと季語によって定型の強さを十分に発揮しているといえよう。現代社会における少年問題という難しいテーマがごく自然に十七文字によって消化されている。「冬の梅」できまった。
伸:若年から年輩の人を見て「俺もあの年になると、どんなになるんだろう?」と思いながら、実際、いざその年になってみると「あんまりそのころより変わってないな」というのが実感で、ボブ・ディランの歌詞で、 「ああ、あのときわたしは今よりもふけていて今はあのときよりもずっとわかい。」(マイ・バック・ペイジズ)というのがあるが、そうだな、そういえば、あの頃のほうがむしろしっかりしてたんじゃないかと思う時もある。 で、掲句の「いっぱしの過去」、思い起こせば、幼稚園児のころでさえ、「いっぱしの過去」があったような気がする今日このごろです。

むらさきに爪染め鳥は雲に入る     吉田悦花

隆・まりりん

隆:候補として「底なしを隠す花のとなりにけり」「花鳥の花の世界で錆びている」「かりそめに春と名付けし犬行けり」「むらさきに爪染め鳥は雲に入る」「水母(くらげ)だか死んだ伯母だかわからない」「材木のみな寄りかかり涅槃西風」 「意識なくたゆたう海の腕(かいな)かな」の七句を選出。その中から一句に限らねばならぬのは困難な作業。何をもって一句に絞り込むか、俳句は詩である。詩は韻律である。そして敢えて「や」「かな」「けり」の切れ字の使われていない句で切れのあるものという理屈をつけ、 最終は「花鳥の」「むらさきに」の二句になった。選択した句は前にも書いたが、むらさきの爪が下品にならず、句として立ち上がっていると思う。いずれにしろ最后は「エィ、ヤァ」で決めた。しかし「かりそめに」は捨て難いと今でも思っている。
まりりん:頭に自然と絵が浮かんで来る、綺麗なこの作品が一番気に入りました。(それとも、何か深い意味を含んでいるのだろうか・・) 「波蹴ってなおあまりある怒りかな」「蝶哭くやさらじゅりんさらさらじゅりん」「ふくろふに禁欲の靄(もや)ありにけり」「くちづけの冷たし知恵の輪の絡み」「意識なくたゆたう海の腕(かいな)かな」以上の5作品も気に入り、一つを選ぶのに大変悩みました。
守:あえて「紫」を「むらさき」にしたところに意味があるんだろうね。なに、この「むらさき」って?

瑠璃彦と呼んでください帯地獄     木村 ゆかり

ひろの・斗士

ひろの:うおお。なんだこりゃあ。 強引に、一瞬にして、作品の世界に連れ去られてしまいました。 連れてこられた世界に身を置くことがとても気持ちがいいのです。 極彩色の帯地獄!  作者の美意識が完成されていないとできない句だと思いました。 あこがれます。でもこの句を選べたわたしもなかなかのものだと思う。
斗士:「瑠璃彦」「帯地獄」という言葉の醸しだす広がりが卓抜。「呼んでください」の切迫感も効果的。この絶頂感は、文句なくスゴイと思えた。
守:滅多に着ない着物を着て、帯に苦しめられてるのね。要はダイエット強要の句ってこと?

底なしを隠す花野となりにけり     五島高資

帽子・みつる

帽子:この句はまだ自分が参加していなかったときの句です。参加していたら、特選に選んでいたと思います。あまり具体的な語で感想を書くと、この句の読みを狭めてしまうことになるので書きませんが、文字どおり底知れぬこわさが売りの句だと思います。 なにがこわいといって、なんの底がないのかがわからないことです。
みつる:底無しをなにかで埋めようとしても、底無しだから埋るはずがないですね。底無しの寂しさにあがくことなく、よって花野はゆたか。
満月:いちめんの花野には何かが埋まっているような気がする。花咲かせて、この底なしの寂しさを隠してしまおう。
守:この「底なし」ってのが何かが大事だね。「花野」の花を何かと、感じる人によって変わる句を作ったのかな。

チューリップ全天候型安息日     南菜風

あずさ・安伸

あずさ:「久作忌令嬢に指生えてをり」「リカちゃんに穴空ける聖金曜日」と最後まで迷った。が、通常句会で見落とした「全天候型安息日」にわたしの超特選を捧げることにする。赤いチューリップの花の中を覗くと、恐ろしいような黒い色がまるで痣のように広がっている。安息日が、全天候型であるゆえんかもしれない。
安伸:この句の圧倒的な開放感にやられました。チューリップのもつイメージに沿って、言葉が思いっきり羽根をひろげている感じです。

くちづけの冷たし知恵の輪の絡み     大須賀S字

痴庵・弘之

痴庵:「雪投げる握手した手の温もりで」も捨てがたいと思ったのですが、この句の情景の奥行きが好きです。
弘之: クールで淫靡なエロティシズム。“知恵の輪”がそこに深みを与えています…唯、構成は再考が必要ではないでしょうか?!「春の路地ひとつ間違え浄土かな」「あわあわと鬼になる日のけだるさよ」も捨て難く思いました。
守:綺麗な句だね。美人な顔が浮かぶ… やっぱり、女性の句だろうか?

ぱきすたん七つの海を折り畳む     山口あずさ

南菜風・めぐみ

南菜風:時事的に読むのがタダシイ読み方かもしれませんが、ストレートにそう読むには「畳む」がちょっと弱い。…へんてこな音が遠くで聞こえたような。でも、みんな気にしないことにしました〜ちゃんちゃんっ。 …風に読むのがよいでしょうか。ひらがなが、のほのほと楽観を誘います。それはそれでけっこう怖いかも。・ ・ ・以上は実は後付でして、意味よりも先に、「折る」と「ぱき」「すたん」の音にまず反応してしまった私でした。「涙腺が強いとロバに乗れません」「書記つねに藤棚の下におります」「パンダ眠る野球部員に背負われて」「大寒のたとえば鬼がすしにぎる」を最後まで残し、迷いました。
めぐみ:俳句がわからないので、感覚だけで選句してしまい、論理がなくて、申し訳ないのですが、すごい、雄大なかんじがして、こういう言葉の紡ぎ方って好きだなって思ったので。
守:今回の核実験を受けて作ったんだろうけれど、別段パキスタンが特別なことをしている訳ではない。核だけが人を殺す道具じゃない。むしろ、パキスタンに論点を集中させることにより、密かな歴史が流れていくことが恐い。だから、この句は選ばない。ああ、政治的…

春の風ラクダが膝を折りにけり     吉田悦花

亜希子・やんま

亜希子:こののどかな雰囲気が好きです。後半あえて工夫がないところが春の風をうまくいかしているような気がする。
やんま:春風の心地よさ。緊張を解いたラクダ。そこはかとなく漂う詩情。自然体の語り口に安らぎを覚えます。
守:動物園でラクダが風を心地よく感じて座る光景かな。あの眠たそうなまなざしがいいよね。
超特選句

パンダ眠る野球部員に背負われて     中村安伸

りえ

りえ:なんかありえないようなのを選んでみました。どういう回路で作者の頭の中ではパンダと野球部員が結びついたのか。興味深いです。
守:この「パンダ」って誰かな?ここが問題。情景は何となく浮かぶんだけどね。

リカちゃんに穴開ける聖金曜日     木村 ゆかり

建穂

建穂:季語の聖金曜日が、ぴったりあっている。この季語は動かないだろうと思う位にまで決まり過ぎている。子供の無邪気な行為は、時に残酷なもの。そしてそれが悪いことなのかどうか、まだ分からない頃の純真さ。
守:これはシュールだね。一連の少年事件を受けた現代の狂気を詠ったのかな。今なお人気ある「リカちゃん」を挙げての「聖金曜日」がシュールです。
あずさ:とっても好きな句。ダリの絵を思わせる。

ゆく春をジュゴンの背でひとみしり     南菜風

守:素人にも分かるし、選ばれている言葉もバランスもいい。寂しがりを春で包んでしまったよな…
満月:はじめ見たときはジュゴンが唐突だと思ったが、ひとみしりするには、やはりジュゴンくらいの大きな盾が必要だなあ、と思った。でもやっぱり背に隠れるより抱かれている方が安心する。

蒲公英や 地球は狭くなりました     北山建穂

座豚呂

座豚呂:環境問題がどうだとか、航空機の発達がナニだとか、そういった視点は忘れたい。軽々と風に運ばれる綿毛だとか、童話チックなタンポポのポップな明るさとか、それらの個性が、地球をツクリモノのようにミニチュア化してゆく。あと、次点というには多すぎますが、良いと思った句や好きな句です、「天使魚をのせて深夜のバイク便」「北鮮の銀行へ来て番茶かな」「雪掻は猫の墓への細い道」「水母(くらげ)だか死んだ伯母だかわからない」「桃咲いておりぬ真昼の停電は」「車窓からみていた冬の疲れ方」「久作忌令嬢に指生えてをり」「放蕩の貨物列車や二月尽」「春暑し海図に耳をあてたまま」
守:人の心も狭くなったけどね。やっぱり、大きいものは大きいとして感じておく方がよいでしょう。

天使魚をのせて深夜のバイク便     千野帽子

雄鬼

雄鬼:とても悩みましたが、結局初志貫徹でこの句を選びました。こういう光景は見たことありませんが、現代ではこういうこともあるでしょう。そういう説得力があります。初見から何日か経ってますが、この句ははっきりと心に残っています。 天使魚、深夜、バイク便と、すっと一緒に心に入ってきて、それぞれの語がそれぞれにしっかり存在している。ということで、特選です。
守: 「天使魚」ってなに?これが分かれば、結構いいなあ、と思う。バイク便ってのは一つの都会の象徴だもんね。

「死んだはず」言われて戻る額の中     山口あずさ

いちえ

いちえ:暑さと湿気のせいだろうか。最近妙に気分がブルーだ。理由は何だろうかと考えてみたが思い当たることがあるような、ないような…とうとう思考回路がショートして、脳みそがツルツルになってしまった。 というのはウソだが、本当に脳みそがツルツルだったらどうしようと考えているうちに気分がブルーな原因は「脳みそツルツル恐怖症」 なのではないかと勝手に病名までつけてしまった。でもなぜだろう。気分はこんなにブルーなのにちっとも涼しくない(今の一言は自分でも超サブイ)。すみません。さて「青山俳句工場向上句会」素晴らしいですね。これだけ秀句が並ぶとすごい迫力ですね。 皆、個性豊かな句ばかりで、「超特選」の1句を選ぼうと選をしているうちにまるで俳句に見つめられているような不思議な気分になりました。選ぶのにとても迷いましたが、やっぱり「「死んだはず」言われて戻る額の中」に決めました。 今の季節にそして自分のこの妙にブルーな気分におかしなくらい、はまるのです。なかなかこういう句は詠めませんよね。発想に惹かれました。いや、事実だったりして…。そう考えるとちょっと恐い。 おっ!今ので脳みそにシワが一本増えた気がする。この俳句は「ただもの」あれ?「くだもの」おや?「くせもの」…。とにかく「スペシャルな俳句」なのだ!Bravo!! Bravo!! Bravo!! Bravo! 拍手!拍手!拍手!はくしゅ
守:わかるなあ。中には、死んだことの実感を持たない人もいるんだろうなあ。分かっているけど、言葉にされて初めて気付くこともあるからね。辛いねえ。

ウェイトレスときどきこちら向く日永     田島 健一

健介

健介:「行く春に背を伸ばしたる舞子かな」「終電を逃してしゃぼん玉の時間」「ウェイトレスときどきこちら向く日永」の三句のうち、どれにしようか本当に迷ったが、『大特選』とする以上は完成度が高いと感じられるものであるべきと考え、この句に決めた。 「行く春に」との比較においてはあくまで私の“好み”を優先させた。また「終電を」については「まだ推敲の余地があるのでは?」と思われる点が惜しまれる。大好きな句だが『大特選』には至らなかった。「ウェイトレス」については説明が野暮なくらいに “普通のこと”を“さりげなく”言っただけのようでありながら、実は味わい深いストーリーを鮮明に描き出している。誠に心憎いばかりである。素晴らしい。

春休み三人寄れば牛丼屋     白井健介

愚石

愚石:野郎ばかりのグループでたむろしているのであろうか。人間の待ったき本能である食欲まで、「牛丼屋」のみに収斂されており、四畳半一間の二世代前の学生生活を彷彿とさせるわびしさが秀逸といえよう。
ちせい:大学生、吉牛と松屋を支える文化について。
守:そうですね、俺は「牛丼屋」ってのがある意味日本の象徴になっている気がする。アメリカのマクドナルドと同じね。この3人は心底日本人なんだ。

蝶哭くやさらじゅりんさらさらじゅりん     満月

あかりや

あかりや:最終的に以下の5句に絞りました。「桃咲いておりぬ真昼の停電は」「蝶哭くやさらじゅりんさらさらじゅりん」「菜の花と一緒に帰る昭和かな」「材木のみな寄りかかり涅槃西風」「春の風ラクダが膝を折りにけり」
<桃咲いて>のネクタイ ホームレスを思わせる、<社会性>
<菜の花>の 木下夕爾を思わせる<抒情>
<材木の>に感じる素朴な<汎神論>
<春の風>がとらえた速度の<描写>
にそれぞれの句の良さを感じました。
そして
<蝶哭くや>の中5下7は葛原妙子の
>>疾風はうたごゑを攫ふきれぎれにさんた、ま、りぁ、りぁ、りぁ
の<攫はれたうたごゑ>のようにかんじました。
守:「さらじゅりん」ってなに?

ふくろふに禁欲の靄(もや)ありにけり     吉田悦花

十三夜

十三夜:ふくろふは“知恵の象徴”ということで、知恵が欲しい私はふくろうものコレクター。しかし、ふくろふだって聖鳥ならず、簡単に言い切ってるけど、含蓄ある句です。うんちくだったりして。
満月:羽根をふくらませて半眼で眠っている昼のふくろうが、実は禁欲のもやもやをかこっていたとは。靄の中のふくろうというぼおっとした存在と禁欲の靄とがふうわりと引き合って出会った。

菜の花と一緒に帰る昭和かな     松山けん太

慎二

慎二:初めて見ました。選句してみました。ちょっと哀愁がいいと思います。これからも時々覗かせてもらいます。
守:そう、俺達って昭和の生まれなのよね。菜の花って、昭和の匂いがするねえ。

久作忌令嬢に指生えてをり     千野帽子

けん太

けん太:俳句の新しい価値を創造していこうとするのが青山俳句工場であると認識しています。上半期の句の中からは、残念ながらそのインパクトが感じられませんでした。可能性ということで一句選んでみましたが、果たしてこれが新しい価値なのか。これからもっと厳しく、もっと多様な実験が必要な気がします。
あずさ:けん太さんは、工員以上に青山俳句工場に対する思い入れががあるのですね。わたしは俳句という表現形態を、話芸に対応する意味における文芸と捉えていて、「芸達者」になることを志しております。また俳句工場では、皆が皆、それぞれ勝手なことを志していると思います。けん太さん、もしかしてゼンキョートー世代? ところで、この句、わたしは溺愛しております。令嬢ならぬわたしにも悪い指が生えているのよ。
ちせい:実は「豆もやし」とこれが気に入り。ただし、こっちはもっと説明できない。
満月:この令嬢がナマズかなにかだったらGOOD。人間も実はナマズの変種かもしれないし。。

南天や地球が燃える日を泣けり     五島高資

秀:地球が燃えるってどういうこと?それが、この句に対する第一印象です。地球が燃えるって核実験のこと?それとも酷暑のこと?南天は自分のこと?自然界のこと?あるいは南天の実のように真っ赤にということ?75の作品の中で、この句が最も気に入っています。 奇を衒うことなく、読み手の想像欲をくすぐってくれる、逸品です。ちなみに私は、自然界を代表する南天が、核実験を繰り返す愚かな人類を憐れみ、諌めているように受け取りました。
守:またテーマの大きな句を。俺達が泣くことで燃えなけりゃ、どんなに簡単なことだろうか。

あわあわと鬼である日のけだるさよ     満月

恒子

恒子:日常の中にひそむ狂気。特に目新しいことでもないが、上五の「あわあわと」という感覚がこの作者のものと思われた。「やまだ紫」の世界と共通したものがある。
守:まあ、家の中での「鬼」は、実際のところ「けだるさ」を感じてるのかも知れないけれど。

春暑し海図に耳をあてたまま     千野帽子

はにわ(ToT)

はにわ(ToT):やはり この句何度読んでもいいですね。 海図が見知らぬ異国の匂いさえ運んできそうな雰囲気です。季節は夏でなく春。少し寂しさも漂ってなおさら良いです。
十三夜:この句も良かったのですが、俳句としての良さとは別。全体に散文的傾向が強いですね。ダメというわけではないが「短詩型文学の中でも俳句である」という、老人達の繰言が聞こえてくる。だってここに「夏草や兵どもが…」なんて入ってると、逆に新鮮デスもの。季語の有効性を再認識します。固着することはないが、だらりとした表現の一語置き換えというスッキリ感。いえ、私自身、散文的だし、だらり表現が多いのですが。 シュールもよいけどすとんと入ってくるものがないのが残念。それにしてもブルトンは遠くなりにけり…ですね。
守:分からん。春が暑くて、海図を耳で聴くの?

冬晴れの耳の奥より崩壊音     木村ゆかり

姫余

姫余:冬のとぎ澄まされた光と空気の中、私の身体奥深くから何処からともなくえたいの知れない音が己の肉体と精心を破壊せしめようとしている危うい不気味さをもった作品である。と、私は解釈しました。「耳の奥より」という言葉が「崩壊音」という言葉を求心的に引き寄せ、そしていっきに解き放つという作品のなかに、いわば言葉の伸縮運動とでも言おうか、そういったものを感じました。とても、好きな作品です。
守:崩壊音の力強さを伝えるには分かるのだけれど、「冬晴れ」ってなに?

豆まきや傷痍軍人のハーモニカ     松山たかし

風狐

風狐:「傷痍軍人のハーモニカ」というのが、良かった理由です (^_^;)
守:3つのアンバランス、が芸術なのかも知れないけれど…

特選句

書記つねに藤棚の下におります     宮崎斗士

守:なんか揶揄してるんでしょうが、わかりません。
あずさ:書記って、ほら、藤棚の下にいるでしょ? わかんないかなぁ。これわたしはとてもよくわかったけど。書記ってちょっと霞んでいるのよね。美しい一句。

川底に古文書はまた産卵す     中村安伸

満月:最後まで迷った句。古文書が新しい謎を指し示す。人間はそれを育てて歴史を発見する。オオサンショウウオのように、きっと古文書も生きて産卵しているに違いないのだ。あまりにも端正にきまり過ぎていて次点になってしまった。

汽罐車も夢をみてゐる朧の夜     座豚呂

守:俺は偏屈だから、「汽罐車」とか「朧」など、字で読ませるのは好きじゃありません。
あずさ:守さん、しろうとなのにキビシイのね。

手折りける梅の枝からヨーグルト     岡田秀則

守:樹液のこと? そ、そんなものまで見て、心を震わせるの? 俳人ってのは大変だね。

放蕩の貨物列車や二月尽     あかりや

守:旅の句?この句も高度なんでしょうね。

錆び付いたバケツに溜まる春の音     内山いちえ

守:「春の音」ってのは、春雨、それとも雫かな。でも、今どき錆び付くブリキのバケツは少ないんじゃない。そこがまた妙なのかも知れないけれど。

意識なくたゆたう海の腕(かいな)かな     風狐

守:これいいねえ。わかる、わかる。「腕(かいな)」って言葉も好き。

花鳥の花の世界で錆びている     坂間恒子

守:う〜ん、結構好きな句かも知れない。ただ、「花鳥」という言葉が花札を思い出させる点がちょっと…

行く春に背を伸ばしたる舞子かな     山田実

守:これもいい。字ずらもきれいだし。個人的に「舞子」って言葉に弱いなあ…

ロープウェイは真空管なりさくらどき     山之内拓仙

守:よくわからない。それに、真空管って何か知らない人が多いんじゃない。懐かしいねえ、真空管。

風呂沸かす炎の音や神軋る     松山けん太

守:真面目な句もあるじゃないですか。「炎の音」っていう言葉は好きですね。紅い火の粉が見えてきそう。
あずさ:守さん、他の句も真面目なんですけど。。でも、選句評たくさんつけてくれてありがとね。

花束にまた音楽に鱗生え     中村 安伸

守:分かりそうで分からない。どうしてこう詩人というのは持って回った言い方をするんだ。

銀玉鉄砲弾(たま)切れの春の風邪     白井健介

守:春になにかあったの?銀玉鉄砲とは古い言い回しだね。現代的にいえば「トカレフ」か?
あずさ:おもちゃの鉄砲だと思っていました。。。

かりそめに春と名付けし犬行けり     あかりや

守:先の句(リカちゃんに穴空ける聖金曜日)の次にこの句を持って来るとは。対比が実にアンバランスで、それがこの句をよりよく見せている気がする。好きだけど。
やんま:我が家の犬名は「馬鹿ポン」誰でもかりそめの名で生きてゆく。本当の自分を見つけるために。

涙腺が強いとロバに乗れません     岡村知昭

満月:ロバってなんであんな悲しそうな切なそうな顔してるんでしょう。キリストさんを乗せたから?ロバに乗ったら泣けないと申し訳ないかもしれない。

密会は糸桜なり揺らします     宮崎斗士

守:誰と密会するの?詩人は、綺麗な密会をイメージするんですね。

花冷えやメロンパンが二つある     松山たかし

守:他にもメロンパンの句があったけど、ここではメロンパンが何かの象徴になってるの?俺もけっこうメロンパン好きだけど。

雪投げる握手した手の温もりで     うにまる

ちせい:友情の愛憎のこもった雪合戦。
守:いい句だと思うけれど、ちょっと蒸し暑い間の盛りには季節ずれしちゃったね。これが残念。
あずさ:なるほど。この熱い季節に選句したことで、損をしてしまた句もあるかもしれませんね。

櫛の歯を爪で鳴かせて日の永さ     千野帽子

守:「櫛の歯を爪で鳴かせて」と「日の永さ」とのつながりが分からない。また、「長さ」じゃなく「永さ」とした意味があるんだろうけど、俺は前者の方が素直だと思うけどな。

北鮮の銀行へ来て番茶かな     足立隆

守:「北鮮の銀行」ってのはなに? うむ、わからん。
あずさ:やはり番茶の出やすい銀行なのではないでしょうか。

野境の狸に注意人に注意     村井秋

守:笑わせてくれるね。しかも、熊じゃなくて「狸」ですか。まあ、狸に対してならよほど「人に注意」の方が大切か。

雪掻は猫の墓への細い道     内山いちえ

守:「猫の墓」ですかア…これ、バブルを非難しての句じゃないんでしょう?
あずさ:バブル? 深読みしますね。この句は素直に読んできれいな句だと思うけど。

冬岬わたしの果てに佇つための     片岡秀樹

守:これも、先の句(ゆく春をジュゴンの背でひとみしり)の対比で引き立ってますね。これ、わざとですか? この句も好きですねえ。
あずさ:選句用紙の並び方が意図的かという指摘ははじめてです。が、たしかに句の並び方でそれぞれの句の印象が変わるということはあるかもしれません。俳人ではない方のご意見は貴重ですね。

咲き満ちし紅梅の昼さるぐつわ     あかりや

守:どうも、素人目にトリッキーな展開を見せようとしている節を感じる。「さるぐつわ」って何を言いたいの?

奈良は春メロンパンには羽がある     松山けん太

守:俺の金にも羽があるぞ! ま、何となく分かる句かな。

ウドがうまい寒さが消える     カズ高橋

守:食い意地シリーズですか?俺はまた、コントコンビキャイーンのウドのことかと思っちゃった。

波蹴ってなおあまりある怒りかな     さとう りえ

守:いいですねえ。波を蹴るなんて素敵じゃないですか。そのへんのゴミ箱を蹴り倒すよりずっといい。

火取り蟲山家のバーの出会いかな     やんま

守:出合いの不思議を詠ってるの? う〜ん…

げぢげぢの腹を見てゐるステンレス     一之

守:エンボス加工のステンレスのこと? 「げぢげぢ」とはお洒落なことを。

花に酔う猫のあくびの奥の空     久蔦ともみ

守:のどかだねえ。「花に酔う」って言い方がとってもお洒落。

終電を逃してしゃぼん玉の時間     宮崎斗士

守:あはははは。こういう分かりやすいものばかりだといいんだけど。「しゃぼん玉」とひらがなを使っているところがミソ?

雪の夜の竹林に力瘤あり     五島高資

守:これも綺麗だね。素人にもよく分かる。竹林ならではの「力瘤」が目に浮かぶよう。

空炊きのからだでのぞく山椒魚     大石雄鬼

守:何を詠ってるの? わからんなあ。なんか、「山椒魚」っていう言葉に頼ってるね。

桃咲いておりぬ真昼の停電は     中村 安伸

守:「桃」って…。

ふきのたうひらがなでかくふらんすご     木村ゆかり

満月:残念。第五回では特選にとったが、だんだん厚みが減ってきて落ちてしまった。ふ、ひ、ふ、のハ行音がひらひらとうすく剥がれて翔んでいってしまったようだ。ごめんなさい。
守:よくわからないけど、この句はいい。どこがどうとは言えないけれど、やっぱり素人には、直感でいいと思える句がいい。

ばら線は指切り終電は行ったよ     あかりや

守:「ばら線」ってなに?それに、「行ったよ」と言われても、困るんだけどなあ…

車窓からみていた冬の疲れ方     うにまる

守:今じゃ、冬だけでなく、春夏秋冬エンドレスで疲れてるよ。人間、疲れるために生まれてきたのかねえ。そんな人間には、疲れた冬しか見えなくなるのかなあ。

太古より波涛押し寄すばかりなり     やんま

守:何か思うところがあるのかしらん。波は未来にも「押し寄すばかり」だよ。

瓶閉める九九も雷雨も役立たず     岡村知昭

守:自嘲してるなあ。でも、瓶ってのは開ける方が大変なんじゃない。

春を待つウルトラマンの半跏思惟     山口あずさ

満月:好きなんだけどなあ。。ウルトラマンが弥勒菩薩しているなんて、きっと他にない。そこがあざといと言えば言える。この寂寥が捨てきれないんだけど。。
守:ウルトラマンの生まれ故郷も春があるのかしらん。そのウルトラマンが「半跏思惟」ですか、怪獣にやられちゃいますよ。

三月へ浮かれ出るナイ−ブの馬鹿     村井秋

守:自嘲の句でしょう?でもかわいいね。

材木のみな寄りかかり涅槃西風     大石雄鬼

守:欠陥住宅の話。みな寄り掛かられたらたまらないね。

三月の姉の化粧は筆談めく     中村安伸

守:筆談めく化粧ってのが想像つかない。女性だと、「フンフン」ってなるのかも知れないけれど。

恋猫と隔ててキッチンドリンカー     片岡秀樹

守:淋しいねえ。世の中、こうした人が多すぎる。日本に元気がないのは、こうした人が多いからか?

一回50円で微笑むだけの売春     山口あずさ

あずさ:(自解)援助交際絶対反対俳句。女の子たちだってお金めあてなんじゃない!という言い訳にわたしは聞く耳を持ちません。女性は微笑みだけだって、高価なのが当たり前なのです(^^\50)。みなさん、「買春夫」とは絶交しましょう。

大寒のたとえば鬼がすしにぎる     松山たかし

守:これも分からん句。鬼ってのは親方か何かだとは思うけれど。