4月14日、15日 伊方報告

かなりの長文ですが、4月14日、15日の伊方ツアー参加者からの報告です。(みさお)

(ここから…) 報告 (※()も含めハンドル名です。)

4月の初め頃、経産省前のテントひろばで原発反対を訴えている「とつきとおか」の代表、椎名さんから「伊方原発の再稼働反対集会に行きませんか?」とお誘いがあった。私は原発難民…こう言えばすぐに分かってもらえる、福島県双葉郡の住民です。警戒区域と呼ばれる町に我が家を残したまま、今は茨城県水戸市で夫と娘の三人で暮らしています。東日本大震災と原発爆発から一年経った今年の3.11は、各地で追悼イベントが開かれ、報道も特集を組み、あの日に思いを寄せてはくれたけど、それを一区切りにしたように、世の中はまた静かに動き始め、自分たちは取り残されたような気持ちでいた。その上、福島の悲劇はまだ続いているのにこの国は、夏の電力不足を理由に原発を再稼働させようとしている。3.11大集会で、人生初めてのデモに参加した私は、外に向かって訴えることの意味を知り、脱原発を唱える福島県民や支援者が集まるというテントひろばを訪ね、マイクを借りて、経産省に向かって抗議するようになった。そんな私に伊方行きの話です。断る理由はありませんでした。テントひろばの活動を支援しているたんぽぽ社の方や、原発のまちがいを正そうとしている地方議員の方などに加わり、出発の4月15日を迎えました。水戸から羽田までは2時間半かかります。その日は娘が早起きしておむすびを作り、駅まで送ってくれました。満開の桜の下を歩きながら、背中にリュックサック、手に持ったバックの中には、「安全は嘘でした。引き裂かれる絆。原発立地県のみなさん、福島の悲劇を繰り返さないでください。」と書いたポスターが入っている。震災以前は、千葉県で暮らしていた娘が、「私たち、なんで水戸に居て、どうしておかあさんが四国の松山まで行くことになったんだろうね」と笑う。ほんとにそうだ。この一年間、「なんで?」と「どうして?」の言葉を、何回口にしただろう。津波の被害は確かにひどかったし、私たち家族の知ってる方も亡くなっている。原発が爆発しなければ、助けられた命もあったはずです。そして、悲しみは悲しみとして受け止め、供養をしてあげて、それこそ復興一直線に進むこともできたはずでした。そして、住み慣れた福島で暮らしていたはずでした。仕事の合間に、生まれ故郷の岩手県に、ボランティアに行っていたと思います。原発関係の仕事をしている息子と、「原発はまちがい!」「経済のためには仕方ない!」と、言い争うこともなく、一緒に暮らしていたはずでした。集会では、そんな思いを、伊方原発を持つ四国の人や、瀬戸内海を囲む地域の人に伝えなければ…。羽田を飛び立った飛行機の中では、何度もそのことを思っていた。やがて眼下に太陽の光が反射して、宝石のようにキラキラ光る美しい瀬戸内海が見えてきた。青春時代真っ盛りの二十歳の頃、私は京都で働いていたが、仲間が故郷に帰ることが決まったり、私自身が転職して東京に移るため、思い出にお別れ旅行をしようということになり、四国を訪ねたときは夜行列車だったし、阪神淡路大震災から二年後に復興応援ツアーに参加して、淡路島に泊まったときはバスだった。なので、瀬戸内海全体を、高いところから眺めるのは初めてのこと。不思議な感覚だった。こんなにきれいな景色の中に、私たち福島県民が、大切な我が家を残したまま、ある日突然知らない土地で避難生活をすることになったり、田んぼも畑も作物を作ることができなくなったり、今すぐ影響はないと言われながら、放射能だらけの中で暮らさなければならない人が大勢いる…その原因をつくった原発が、こんな景色の中にあるなんて。刈羽・柏崎にも行った、女川も六ヶ所村も見た。フクイチ、フクニは地元。東海村には5回ほど訪ねた。どの原発も海に面してはいたけど、ほとんどが外洋に向かって建っている。日本海側にある刈羽・柏崎だって、対岸の中国、ロシアまではかなりの距離がある。飛行機から伊方は確認できなかったけれど、出発前に買った愛媛県の地図では、四国の左端に細く突き出た半島に伊方原発があった。対岸は全て人が暮らす場所ばかり。なにより、水産資源の宝庫となっている。それなのに、四国の人は、愛媛の県民は、伊方の町民は、原発を造ってくれと言ったのだろうか。そうではないことは解っている。都市部から離れた、不便で、漁業とささやかな産業しかない土地に、雇用と苦労せずに大金が入るという言葉をちらつかせて狙い撃ちにされたのだ。そこには、企業と電力会社と推進する政治家にも、たっぷりと利益が入ることは隠されていた。核の平和利用と唱える国に強いられて、引き受けてしまったのだ。原発はエンドレス、ひとつ造ってしまえば、廃炉の費用のために、またひとつ造らなければならなくなるとか、平和利用と言いながら、遠い国で起こっている戦争で使われている武器には、使用済燃料から取り出されたプルトニウムが使われてるとか、原発があるだけで放射性物質が放出されることなんか、誰も言わなかったのだ。そして、地震国日本には、絶対に造ってはいけないことも、ひとたび事が起こればどうなるか…これは、推進した国も、造った電力会社さえも、事例がないから判らなかったし、恐ろしくて考えもしなかったのだ。身震いしながら、いろんな事を考えているうちに、飛行機は着陸体制に入っていた。滑走路のすぐ近くには、いくつか大きな工場が建ち並んでいるのが見えて、繊維の世界では有名な大手メーカーの名前もあった。この工場を動かす電気は、原発の電気じゃないといけないのだろうか…。工場地帯と言っても、そんなに大がかりな感じには見えなかったし、近くには東京や大阪ほどの都市はなかったのだけど。また、原発のことと関係付けて考えてしまった。

松山空港に到着しロビーに出ると、地元の観光バスのガイドさんがお客の出迎えだろうか、歓迎ステッカーを持って立っていた。これから松山市内を観光して、道後あたりに泊まりだろうか…私は26年間バスガイドをしてたので、ついそんなことを考えてしまう。3.11の震災は仕方ないにしても、原発爆発がなければ、春のシーズンが始まって、乗務していたはずだった。実際に、4月の10日あたりから、福島県内の修学旅行の乗務はどうかと誘いの話もあったけど、仮住まいしている水戸からの通勤は困難だし、なにより、自身が住む場所を追われて避難生活を送っている現実を、原発の立地自治体の人たちに話さなくては、福島を壊しておきながら、反省も学習能力もなく、この期に及んでも再稼働させようとしている者たちを、絶対に許さない…そんな気持ちで、その話は断っていた。それでも、市内に向かうリムジンバスの中では、会津や裏磐梯、蔵王に松島、平泉~八幡平、奥入瀬、八甲田などなど、仕事で訪ねた観光地の景色が目に浮かび、もう戻れない以前の生活に思いが行って、不覚にも涙がこぼれそうになってしまった。気がついたらリムジンは松山駅前に。穏やかな城下町のたたずまいの中に居ると、羽田に向かう電車から眺めた東京都内も、これから集会が行われるこの町も、あの震災とは無縁の日常があることが羨ましく思え、同時に、平穏な日常を守るためには、「時限爆弾みたいな存在の原発はいらないんだよ」と伝えなくては…と、集会での発言が予定されていた私は、会場になっている松山市堀之内の、愛媛県美術館講堂に入る際には、まるで戦(いくさ)に向かう兵士のように…というのは少しオーバーですが、経産省前でのひとりトーク、首相官邸前集会、東電本店直撃アクションとは違う、妙な緊張感を持ったのでした。さて、いよいよ原発立地県での集会に初参加です。

4月14日午後、私たちが会場に入ると、すでに座席は八割方埋まっていて、関係者の方が忙しそうに走り回っていた。集会の正式名は、「伊方原発の再稼働に反対する四国九州市民の合同緊急集会」…数えたら26文字、そして、「市民ネットワークを作ろう」の賛同呼び掛け人には、200人近くもの名前が列記されていた。受け取った資料には、それぞれのグループの活動状況や各種の呼び掛け…その中には、日本語と英文の両面刷りのものや、新聞の切り抜きコピーなどなど。たんぽぽ社に寄せられた個人の想いもあった。この集会には、本当にたくさんの想いが込められているのだと、改めて感じ、あの福島の悲劇から一年以上も経っているのに、福島のことを自分たちの問題と考えてくれていることが、とても嬉しかった。プログラムはビッシリと分刻み。挨拶から始まり、広瀬隆さんの講演ビデオ、地元八幡浜の子どもを守る会、、広瀬隆さんの友人という、藤田祐幸さん、四国を代表する方の愛媛の現状報告…そしていよいよ私の番が来た。「私は福島県双葉郡の警戒区域内に我が家を残し、避難生活をしています…」から始まり原発の町に暮らしていた自分が見聞きしていた、原発行政のゆる~い防災対策や癒着の現実、事故後の福島県民の、報道では知らされない壊れていく絆と国主導の復興計画を、持ち時間4分を無視して20分間喋りまくってしまいました。勢いで、先日起こった、私が原発反対の活動に没頭するあまり、家事をおろそかにしたことに腹を立てた夫が娘と口論になり、以来ずーっと父と娘のバトルが続いてることまで暴露してしまい、会場に笑いが起こりましたが、一番話さなければと思っていた、3.11のフクイチ免震棟での、吉田所長が作業員や東電社員に言った、覚悟の言葉、「少しだけ時間をやるから、大事な人に連絡を…」の話ができませんでした。反省です。また、私が時間をオーバーしてしまった為に、他の発言者や司会の方に迷惑をかけてしまいました。この場をお借りしてお詫び申しあげます。この日は、最後に、翌日愛媛県庁で予定されている、県知事と伊方町長への要請文採択で閉会となり、私は、交流会と宿泊の予定になっている、道後温泉にあるユースホステルへ。夜の交流会では、広瀬隆さんの友人、藤田裕幸氏と向かい合わせの席になり、今の日本が、本当に危機的な状況であることや、原発はひとつ造るとエンドレス…廃炉の費用の為に、また原発を新設しなければならなくなること、それが政財界の利権の温床になっていることを教えられました。全体では、翌日のアクションの打ち合わせや、高知県四万十市の活動家の女性が音頭をとり、メルトダウンブルースの練習をしたり、お開きになった後も、福島の避難者ということで、廊下でも階段でも声をかけられ、聞かれたことに答えていたら、0時を回ってしまい、部屋に帰ってからもまた、同室の方と話し込んで、失礼なことに、話の途中で眠ってしまったみたいです。水戸を5時45分の電車で出発してからの、長い長い一日でした。

4月15日、伊方ツアー二日目は、前日の脱原発を訴える仲間の集会とは異なり、再稼働を認めようとしている者たちへの抗議活動ですから、それぞれの思いはまた特別だったのではないでしょうか。私は県庁での集会組と松山市内へ。たんぽぽ社の勇士達は、伊方町へと別行動でした。初めて訪ねる県庁の建物は、現在避難生活を送る水戸市内の、茨城県庁のドーンとそびえるモダンな現代建築とは正反対の、歴史を感じさせるものでした。小会議室で、伊方原発を囲む岡山、広島、山口、福岡、大分、高知からの個人や市民グループが、愛媛県知事への要望書を読み上げ、提出したのですが、県知事は県庁にいたらしいのですけど姿は現さず、県の原子力安全委員とかいう肩書きの6人がズラッと並び、「カゲウラ」という技官が対応しました。(質問に答える際、地元の人間であれば、興奮した時に方言や言い回し、イントネーションに関西独特の抑揚があるはずなのに、まったくの関東弁だったので、たぶん原子力安全委員会か保安院からの出向だろうと耳打ちしてくれた方がありました。)はじめは、薄笑いを浮かべて、上から目線でしたが、最初は遠慮がちだった地元の人たちも、藤田裕幸さんやたんぽぽ社の援軍がタイミングよく質問したり、国の判断に任せているという答えに、地方自治体の人間がその程度かと追求したら、ボルテージが上がり、技官の顔色が変わっていくのが分かるほど、たくさんの意見が出て、一時間の予定が40分超過しても収まりがつかないくらいでした。私も手を上げて「私は、福島県双葉郡富岡町の住民ですが、技官の方は、その地名を知ってますか?」と聞いたら、存じ上げないと言われました。事故を起こした原発のある場所の地名さえ分からないとは…。「新潟県に避難した双葉郡の人が、柏崎周辺の子供たちが首からぶら下げているあるものを不思議に思ったと聞きました。愛媛県の、原子力安全を担当しているあなた方ならそれが何か分かりますよね?」とも聞きましたが、なかなか答えが出ず、やっと返ってきた答えは「サーべメーターです」だったので、「たぶん個人線量計のことを言いたかったのでしょうが、それはバッジ型ですし、「首から下げているものは、安定ヨウ素剤ですよ。福島の悲劇から一年も経ってるというのに、専門家の方がこんなことも知らないのでしょうか」と言いました。ほんとうに凹みます。最後のほうで、岩手県から大分県に、三人の子供を連れて避難している若いママさんが、「はじめは避難に同意していた主人が、仕事のために単身で岩手に戻り、ときどき子供に会いに来ていたが、みんなで岩手で暮らそうと言いう主人と、子供を守りたいと思う自分の意見が合わず、とうとう三人の子供のうち、ひとりを連れて行ってしまった。大好きなおとうさんには半年に一度しか会えなくなった子供たち、知らない土地で笑いのない生活…どうしてこんなことになったのか、(○○さん、○○さん…と、六人の技官に一人一人名前を呼んで)よく考えて、原発はいらないと言ってください…」と訴えたときには、会場はシーンとなり、すすり泣く声も聞こえていました。その女性は、地元岩手では、福島と岩手の距離を考えれば、なんで九州まで逃げるのかと言われてることに悩んでいたようです。福島市や郡山市でも、双葉郡の人の避難は仕方ないけど、大半が暮らし続けている中通りの人が避難することには、疑問を持つ人が多く、それが壊れていく絆の原因にもなっています。それもこれも、原発事故のせいです。報道も少なくなり、こういった生の声を聞く機会のない関西や原発を持ちながら、危険な原発への意識の低い人たちに問題を投げ掛けることは、私たちの役目だと、改めて強く思いました。遅くなりましたが、みなさんにも細かく報告しなければと思いながら、一ヶ月半もかかってしまいました。すみません。これからも、都内で行われるアクションなど、訴える機会にはできる限り参加したいと思っています。伊方で会った方たちに託された思いを、経産省にもぶっつけたいし、高知県四万十市の方に教わった「メルトダウンブルース」もお披露目したいと思います。以上で、4月14、15日に行われた、伊方ツアーの報告記は終了です。最後に、宿舎の松山ユースホステルから県庁に向かう際に乗車した、タクシーの運転手さんのお話を紹介します。県庁に到着し、私は最後に降りたのですが、その際、お礼を言って降りようとする私に、運転手さんが「はい、ありがとう。頑張ってください」と言ったのです。私は驚いて「えっ、もしかして原発反対ですか?」と聞くと、「はい、そうです!」と、笑顔でハッキリ言ったのです。松山は観光都市です。市内には有名な道後温泉もあります。乗車中の私たちの会話を聞いていて、原発反対集会に参加する人たちだと知り、ふるさとを守りたいという思いから、思わず出た本音の言葉だと思います。とても重い言葉でした。運転手さんの思い、しっかり受け止めましたよー。お・わ・り

5月29日(火)テント報告

あれこれ屋報告

午後、椎名さんはテントの片づけをし、その後、別の場所で行われた韓国の人たちとの話に出かけられ、そのまま福島へ。

第二テントにはその日にアメリカから戻った若い女性が来られた。この人は羽田からまっすぐテントに来て、夜行バスで岩手の実家に帰るという。
ニューヨークで石橋上人(日本山妙法寺)の反原発ウオーキングや、アメリカ人たちのデモにも参加したそうです。石橋さんからテントに行くように言われて寄ったと言っていました。

もうひとり、宮崎のAさん(シンガーソングライターで舞踊家)は、「仕事の関係で東京に来た。湯川れい子さん(音楽家)から、テントに寄るようにとすすめられて寄った」ということでした。
Aさんは2011年4月10日に串間市で原発誘致に関しての住民投票が行なわれる予定だった。そこは志布志湾につながる場所。本当にやばかった。しかし、3.11がおこり、住民投票はなくなった」と言っていました。
Aさんは自分でつくられた「いのちより大事なものはない」というフレーズを音程を変えながら繰り返す歌と所作を披露。居合わせた者たちが練習し、テントの前で歌って、踊りました。

夜はテントの全体会議が開かれました。
全体会議では5月24日、25日、26日のおおい町現地での交流会や集会の報告がされました。福島から参加した女性たちの話はおおい町の人たちを動かしたそうです。
6月17日(日)午後に開催される大飯原発絶対反対全国集会に経産省まえテントひろばがチャーターするバスツアーに参加することを確認しました。

テントの様子は「経産省まえテントひろば」のテント日誌をご覧ください。
http://tentohiroba.tumblr.com/

5月28日(月)テント報告

あれこれ屋報告

午後3時から5時まで、高良留美子さんの「談話室」が開かれた。主催は脱原発生活者の会・テント村。今回は3回目。
題目は「20歳の思考 男と女について考えたこと」で、かつての、若い時代の男と女のとらえ方や関係性の持ち方についての追体験が高良さん、参加者から話された。参加者は10数人。次回は6月25日(月)、午後3時~5時。
大飯から京都に回られた椎名さんも(東京へは前日夜着)参加された。

5月27日(日)テント報告

あれこれ屋報告

5月27日(日)午前10時から、「大飯原発再稼動反対! 福井現地全国決起集会」の参加呼びかけチラシ等の郵送作業を、テントの仲間たちで行いました。

呼びかけ文と参加申込み・参加要領は下記の通りです。

呼びかけ文

申込書

みなさん、2012年3月11日、郡山に駆けつけたように、今度は福井に駆けつけ、みんなの力で大飯原発再稼動をとめましょう。

6/1 上映会&院内集会「映像で見るベトナム原発輸出 今、何が生じているのか?」

フランスとアメリカとの戦争で二度、村を追われた。戦争が終わって やっとここに戻って来たのに もうどこにも行きたくないんだ。

――――第2原発建設予定地 タイアン村  グエン・ケイさん

今朝、2012年5月18日、「傷病兵」と自称する見知らぬ人々のグループがハンノム研究所内の私の研究室に侵入し、乱暴に私を威嚇した。彼らは非常に不躾な言葉をがなり立てるばかりか、研究所幹部と私の前、仕事場の真ん中で寝そべってしまった。
彼らは私の書いた文章「ベトナムの原発建設への援助に反対する、日本政府への公開状」を削除するよう求めた。

――――ベトナムで、日本の原発輸出に対する抗議に対する弾圧の模様に関するブログ記事

日越両政府が、着々と進めているベトナム・ニントゥアン省の原発建設計画。
一方で、福島原発事故では多くの人々が故郷を追われ、また放射能影響のリスクに苦しんでいます。

先日、社会主義のベトナムではきわめて異例ながら、ベトナムのブログで、原発建設に対する日本の協力中止を求める抗議文書への署名運動が行われ、日本大使館に提出されました。この運動を企てた人に対する弾圧が心配されています。

こうした状況を踏まえ、FoE Japanはこのたび、ベトナムへの原発輸出を問う上映会および最新情報についてお伝えするための集会を開催します。

日時  2012年 6月1日(金)18:15~19:45

*30分前からロビーにて通行証を配布します

場所  参議員議員会館 B-104号室 >地図
最寄り駅 東京メトロ・永田町駅、国会議事堂前駅

内容
・ 映像でみるベトナム原発輸出:
上映作品「忍び寄る原発~福島の苦悩を輸出するのか~」
(制作:FoE Japan/撮影・編集:中井信介/26分)
・今、何が生じているのか~抗議の声、届け!
・日本政府に対する抗議文と署名と弾圧

参加費 800円

主催・問合せ
国際環境NGO FoE Japan TEL 03-6907-7217 FAX 03-6907-7219
携帯:090-6142-1807(満田)
●映像制作者、中井信介さんからのメッセージ

日本政府は、福島原発事故がいまだ収束していないにも関わらず、ベトナムに原発を輸出することを決めました。
それは道義的に許されることではありません。

また、原発建設予定地周辺は、風光明媚で農業や漁業が盛んな豊かな土地で、予定地に暮らす住民の多くは「住み慣れた土地を離れたくない」と訴えています。

しかし、原発の危険性が正しく伝わっていないために住民たちは、予定地から僅か1kmしか離れていない土地への移転を自ら選びました。

もしも将来、ベトナムに建設される原発で事故が起こってしまったら、彼らはどうなってしまうのでしょうか?
それを考えると恐ろしくてなりません。

ベトナムへの原発輸出には、税金から巨額が融資され、私たち日本国民もベトナムの原発に対して責任を負わねばなりません。

もうひとつの「住民説明会」 ~一緒に考えたい。話したい。おおい町のこれから~ 

もうひとつの「住民説明会」
~一緒に考えたい。話したい。おおい町のこれから~

チラシ

■日時:5月26日(土) 13時~16時
■場所:あみーシャン大飯 ふれあいホール
〒919-2104福井県大飯郡 おおい町成和2-1-1/TEL 0770-77-3410
■入場無料

<福島のおはなし>
震災と原子力発電所の事故を経験した福島の女性たち。事故が起きる前と起きた後、生活はどう変わったのか。今も続く問題など、体験をもとに話して頂きます。
不安に感じていること、悩んでいることを話し合い、一緒におおい町のこれからを考えませんか?
☆木田 節子 さん…3.11以前は福島原発立地自治体である富岡町在住。
☆遠山三枝子さん…福島県福島市在住。野菜カフェ「はもる」の店長。
☆黒田 節子 さん…福島県郡山市在住。長年、保育士として子どもたちと接してきた。
☆椎名千恵子さん…宮城県で13年間自給自足生活のかたわら民宿を経営。現在福島市在住。

<経済や雇用のこと、一緒に考えませんか?>
原子力発電所がなくなったら、経済や雇用はどうなるの?
こんな疑問や不安、ありませんか?経済の専門家、原子力の専門家が、みなさんの疑問に寄り添い、一緒におおい町の経済や雇用の問題、そしてこれからのビジョンを考えます。ぜひ、何でも質問して下さい。
☆朴勝俊(関西学院大学)…経済の専門家。脱原発を決めたドイツやの事情に詳しく、原子力発電所がある自治体の経済や雇用をどうしていったら良いのか、一緒に考えます。
☆小林圭二(元京大原子炉実験所)…原子力技術の専門家。原子力発電所や放射能に関する疑問や不安、何でも聞いて下さい。

●お問い合せ●
連絡先090-8124-4945 又は 070-6685-4945
☆お気軽にお問い合せ下さい♪

●お願いーおおい町の方に参加して頂くために●
※勝手な撮影・録画・録音は禁止させて頂きます。
※住民の方のプライバシーを守るため、撮影は必ず住民の方の許可を取った上で行って下さい
※撮影の許可が得られた場合でも、参加者の撮影は後ろ姿にとどめて下さい
●アクセス●
<関西~若狭本郷駅>

http://www.wakasa-ohi.co.jp/ami_05.htm

電車の時刻等は下のサイトでお調べ下さい

http://transit.loco.yahoo.co.jp/

<若狭本郷駅~あみーシャン大飯>
1.4km/徒歩約17分 ■地図http://g.co/maps/vbem6

『第9回 東京平和映画祭』ブース出展者会議

みさお報告

7月1日(日)に開催される『第9回 東京平和映画祭』にテントひろばのブースを出すことになった。

http://www.peacefilm.net/

その出展者への説明のための会議が、昨日開催され、これに参加してきた。
他の出展者が一名ずつの参加だったのに対し、テントひろばからはわたしも含め総勢5名(メーテル、シロ、ゆうどん、タッチ―、みさお)の参加!
どんだけはりきっているのか!

会議終了後、テントひろば5人組はマクドで打ち合わせ。
当日は朝早くの集合とのことなので、一日を三つにわけてブースの留守番をすることに。
与えられたスペースをどんなふうにデコレートするか、あれこれアイデアを出し合う。
季節がら、うちわを作れないかなどなど。

7月1日、映画を見て、テントひろばのブースにも行こう!

追伸。。。
テントは行ってみたいけど、少々敷居が高いと言うみなさん、映画祭のブースでテントひろば体験をしてみましょう!

5月22日(火)テント報告

あれこれ屋報告

この日は朝から強い雨が降っていました。
よく座り込みに来られるDさんもテントの中にいました。
Dさんとその日の東京新聞と朝日新聞の記事について話になりました。東京電力の値上げ問題です。4月1日からの値上げを認めてない企業は1万4000件もあるということです。また、NHKも人事問題も絡んで、値上げ分を支払っていないということです。
7月から電力会社は家庭用の電気料を値上げするということですが、家庭用こそ、電力会社の利益の7割を占めるということです。
「料金値上げなんて認められないよね!!」「福島からの避難者が東京電力に料金を支払うなんて認められないよね!!」という話になりました。この問題はもっともっと詰めていかなければならないということになりました。

午後に、ギターをもった若い人たちが来ました。その人たちの一人は、中学卒業後、原発作業員になっていた経験がありました。その話をしました。もうずーと前のことなのですが、戦慄すべき内容でした。彼は本当に原発をとめなければならないと言っていました。雨だったのでテントの中で、演奏をしてくれました。

「福島現地からの訴え」 in 埼玉県県民健康センター

ゆうどん報告

本日、埼玉県県民健康センターで松井英介さん講演会があり(埼玉反原発アクション主催)「福島現地からの訴え」ということで椎名さんがお話しをされました。

要約すると
福島原発事故を風化させてはならない。日本のみならず、世界の問題だということ。
今も被曝し続けている命があること。
人間の不条理と向き合い、絶望を希望に変えていくこと。
福島の現状として、マスクをしてまで運動会をしなくてはならない(体力低下の懸念や体を動かすことを制限されている子どもたちのストレスなどを考慮)
今年からプールを再開するが、プールの汚泥は高線量で除染をしても壁面などの線量は高いまま、、、ある高校では教職員の英断でプールを中止したところもあるとのこと。
徐々に現れてきている子どもたちの健康被害。
子どもたちの放射線被曝、とりわけ内部被曝は重大な問題。一刻も早く、すべての子どもたちを放射能汚染地域から避難させる必要があるが、政府が避難の権利とその補償を拒む中で、子どもたちの被曝を心配しながらも、経済上のことなどで福島での生活を余儀なく続けている現状。

子どもたちの心と命を守るために診療所を建設する運動にご協力していただきたいと切望されていました。

子ども福島のブログに、福島の現状や運動のことなどが詳しく載っているので、そちらを読んでもらい多くの人達とつながっていきたいと。

http://kodomofukushima.net/

講演会後は松井先生をはじめ来場者たちと一緒に浦和駅までデモ行進をし、その後交流会をしました。

明日は、松井先生が司会で肥田舜太郎さん、Michel Fernexさん(スイスの医師)を囲んでの懇談会が埼玉県保険医協会 大会議室で13時よりありますが、椎名さんも出席されるそうです。

大飯原発再稼動情勢

あれこれ屋 情報

以下、メール転送。。。。

こんにちは、福井の阪田です。土曜日は福井にお越しいただき、ありがとうございました。
さて、とうとう来週で大飯原発再稼動に最終判断が下ってしまいそうな事態になりました。
存知の通り、14日月曜日おおい町の町議会が再稼動に同意してしまいました。
次の日には経産副大臣が福井にやってきて、知事・時岡町長と会談しました。その際におそらく次のような官邸シナリオを伝えたとされています。

1.月曜日 福井県安全専門委員会が開かれ最終判断を下す。
(中川委員長が、再稼動に支障をきたすようなことはないと総合的に判断したという主旨の見解を発表するであろう・・・)

2.火曜日か水曜日に県議会の全員協議会を開き、各会派の意見を知事に述べ、そこでも再稼動が了承される。

3.水曜日か木曜日 知事は野田総理に福井に来るように要請したが、国会でこられない為、総理が知事を首相官邸に呼んだ、らしい。最終的な判断をゆだねられた時点で首相官邸に行くのでは?と推測される。(おおい町長と二人で行くかも。)

4.金曜日 知事・おおい町長が容認。官邸4閣僚が再稼動を発表する。

(この官邸シナリオは東京の新聞記者からのリークだそうです。)今のところ、上記1の月曜日に安全専門委員会が開かれることは確定しています。シナリオによると最短で来週金曜日には再稼動の最終判断が下されてしまいます。この情報を拡散していただいて、来週、全ての脱原発派の力を結集し、各地で、福井で抗議行動を行いましょう!!添付資料の「再稼動許さない・・・」文書の一番下に来週からの抗議行動予定が 載ってます。(あんまり何度も福井に誘うのも心苦しいですが・・・でもたくさんの人に集まってもらって県庁包囲したいです!!)

おおい町への行動

①時岡町長への申し入れ=「再稼働に対して慎重な判断を求める署名」 約8百名分を提出する。
②新谷議長に対して抗議の申し入れ  ①と②の日程 5月18日(金)午後1時30分 おおい町役場にて

福井県・知事への行動

①知事あてに再稼働しないでのハガキ・ファックス送付   送付先 910-0005 福井市大手3丁目17-1

福井県知事 西川一誠殿 ℡ 0776-21-1111 Fax 0776-20-0620 0776-20-0622 (県民サービス室)

②福井県庁へ向けて各団体・小単位(県・市・地区)での「再稼働許すな」の要請行動

③福井県庁前での宣伝行動   日程 5月21日(月)~31日(木)午前9時~午後5時予定

場所 福井県庁前(福井市大手3丁目2-18 福井県農業会館前) テントを立てる予定      以上

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原発のない未来をこどもたちに・・・

福井県医療生活協同組合 本部   阪田絵美
〒910-0026
福井県福井市光陽2丁目18-15
TEL:0776-27-2318  FAX:0776-24-8290
Mail: emi.sakata@fukui-min-iren.com
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